第13話13
この施設では、クソバカ同士での諍いまで排除されていた。
食事を貰う列ができれば、普通ならヨタヨタ歩いているバカの足を引っかけて、食事のトレイを全部ひっくり返してやり、全員でゲラゲラ笑ってやるのが普通だ。
最下位のいじめ対象になりたくなければ、こかした奴の顔や鼻が潰れるまで殴り倒して、眼球が飛び出すまでフォークで突き刺してやるか、光り物が取り上げられた以降でも、スプーンで眼窩から目を穿り出してやらなければならない。
それで使い物にならなくなって何人もリタイヤして、加害側も排除されて消えて行った。
それが私たちクソバカには普通の行為で日常、全員が敵で殺し合いの対象で、そうするのが普通の挨拶だった。
でもここでは、アイドルだとかロバとか魔法少女とか、アニメで見たヒロインの真似をして騒いでいるバカが何人もいた。
詰め込まれる大部屋の配置まで考えられ、趣味や話が合う友達同士で暮らし、争いの元になるサディストが隔離され、頭が足りない奴らが助け合って生きていた。
そんなことが起こり得るはずがなかった。
全員が憎しみあって、罵り馬鹿にして蔑みあう、殺しあう以外になかった私達に、友情が芽生えるなど有り得なかったのが、この場所ではバカ共が楽しい毎日を過ごしている。
食事中でも休憩時間でも消灯後もテレビが点いていて、子供向けのアニメが繰り返し放映されていた。
「じゃあ、外でボール遊びしたい人~!」
「「「「は~い、は~いっ」」」」
食後の休憩が終わって、お茶も飲んでトイレにも行って、暇になった奴らが外に連れ出される。
誰か弱そうな奴をいじめ倒して遊び、自己の万能性を誇示したいとか、不健康な欲求を満たしたい時間帯でも、絶妙のタイミングで体力を発散させる。
障害の程度が酷過ぎて、走ることも真っすぐ歩くこともできない奴まで、競うように外に出ていく。
もちろん手より大きなボールを投げるなど不可能、投げ損ねて足元に転がして、その上に自分の足を載せてしまってひっくり返るような、馬鹿の見本までが外で遊ぼうとする。
それを嘲笑う奴もいないし、本人も一緒に笑って楽しんでいる。
ツヴォーリでは、叔母さんが泣いて頼んでも鉄の掟で締め上げられて、全員が泣いても連帯責任で走らされ、世間の標準的な子供と同じ成績を出せるまで、ひたすら九九の暗唱をさせられ、殴る蹴るの懲罰、鞭で叩く、食事を抜く、極寒の校庭に立たせる、それが私達を調教する唯一の手段だったはずだ。
ここで暮らしている奴らは、命がけで反抗して死んだ、男の子達に呪われると良い。
ほんの数日、この楽園に留まれるように、書類を偽造して渡した。
預かっていたのに忘れていたかのように振る舞って、ポケットの中に入れたクシャクシャの書類が見つかるように仕向けた。
8人ほどの知的障害がある子供が、大人に輸送されずにこの僻地に来て、引き渡しもされずに放置されるなどありえないのだが、施設から脱走して荒野で見つかったり、後日死体が発見されるのはよくあることなので、別の収容所から脱走して、この場所に紛れ込んだ事例なのだと、担当官の思考を捻じ曲げてやると辛うじて通った。
傷害事件を起こすような非常に問題がある数名と、全く役に立たない実験体を、この場所に送り込んで正常なものに修正できるのかを試すと書いた書類を偽造した。
奴らの書式に合っているのか、パソコン上の似たような書類を真似ただけなので不明だが、職務の怠慢と頭の中がお花畑のやつらには通じたようだ。
内偵されるにしても、数日だけ嘘が通ればよい。
午後のおやつの時間も楽しみ、夕食時にはサプライズパーティーが開催された。私たちの誕生祝いだそうだ。
私達はいつどこで生まれたのか、知っている者など少数で、いつでもどこでも邪魔者で、母親にも父親にも兄弟にも殺されそうになって、生まれてきたのを祝われることなど永遠に無いと思っていた。
「君達も、自分がいつ生まれたのか知らないよね? だから、ここに来てくれた日を、仮に誕生日にさせてもらうよ。生まれて来てくれてありがとう」
此の世に生まれて来てくれたのを感謝する? こんなガラクタで出来損ないのゴミに?
きっとこれは罰だ。多数の人を殺害して、人生を終わらせて全てを奪った者には、本来与えられるはずだった幻想を見せられ、それが永久に手に入らない幸せなのだと思い知らせる悪夢が見せられるのだ。
いや、それとも愚かな人類を殺して、始末したために与えられた報酬なのかもしれない。
パーティー用の飾りや銀紙が張られた紙の帽子を被らされて、金銀の飾りが付いたレイを首にかけられ、バースデーケーキを前にして泣いている私達。
私たち悪魔は、これからお前たちの命を奪い、全員死滅させるために来た化け物なのだ。何故その悪魔の生誕を祝う?
「「「「おめでとう」」」」
ああ、今この瞬間に死にたい。生まれてきた事を祝われ、祝福されている、この時間の中で永久に留まっていたい。
時間よ、止まれ。
「君たちは天使だね?」
「はぁ?」
「君達は明後日、ツヴォーリ実験場で天使降臨実験を受ける予定の、マリアちゃんとライカちゃんだ」
ああ、もう発覚したのか。
下らない書類の偽造などせずに、どこの誰ともわからない馬鹿だと振る舞っていればよかった。
そうすればもう少し時間を稼げた。夢のような世界で、一晩だけでも天国を味わうことができたのに。
明後日に別の実験施設を破壊する悪魔がこの場所にいても、理解力が高いのか、時間移動が可能な生命体だと知り得たのか、このパラドックスをも受け入れた人物。
瓶詰めの男の子は居ないが、専用の機器で計測すれば、エネルギー量が巨大な化け物が数体、この施設に存在しているのなど簡単に判明するのだろう。
その端末である天使体、銃でも核兵器でも破壊できない悪魔。唯一効力があったはずの移動砲台も、瓶詰めの男の子を殺されていて使用できない。
イヴァンカが外に出してやった5人ほどの福者で支配済み。外にも私とイヴァンカのコピーが支配した移動砲台が4次元世界に整列している。
そんな化け物を相手に、この人物は児童心理学だけを携えて歯向かってきた。いや、その悪魔を懐柔し、悪鬼羅刹を折伏しようとしている。
「何があったのか教えてくれるかい?」
真っ青な顔をしたマリアが立ち上がって、先生様にご注進しようとしている。
ああ、こいつはそんな奴だよ。何でも先生に言いつける良い子ちゃんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私とエリカは実験に失敗したんです。ほんとは死ぬところだったのに、ライカに助けてもらって…… オブィェークト2の大きな軟体動物みたいな上位生命体に首だけ埋め込んでもらって、そこで寄生体が機能して接続されて、私も天使に……」
祈るようにして、自分が巻き込まれただけの子供で、悪事を犯したのは私なんだと先生に言い付ける良くできた生徒。
「最初の寄生体に繋がった時、福者になれたはずなのに、私の妹もお母さんも、お父さんに殺されたのを思い出してしまって、もう死にたい、死んでしまいたいって思ってたのに、こんな事をしてしまって……」
「どんな事を?」
さすがに顔を歪めて恐れ、マリアや私たちの悪魔の所業を聞き出そうとする聖人。
この収容所の子供達からは「パパ」と慕われていた稀人。
「ツヴォーリの人を皆殺しにして、近くの街も、次の水力発電所がある街も…… ダムを決壊させて水の底に沈めて来ました」
悲劇のヒロイン様の告解が終わり、自分にも死刑判決を下したマリア。
知られたからには全員を殺さなければならない。お前たちも全力で私達を殺さなければ、生き残る手段はない。
「黙れっ! これがお前たちの仕出かした所業だっ、それに、この瓶詰めがお前たちの明日の姿だっ! よく見ろっ」
私は隠していた瓶詰めの男の子の死体を出して、他の子供達にも「パパ」にも見せてやった。
ああ、バースデーケーキって、どんな味がするのか、食べてからにすればよかった。
「手足は切り離されて、内臓も抜かれて目玉もないっ、酸素ボンベとブドウ糖溶液だけ繋がれた瓶詰めの男の子、これがお前たちの実験の成果、天使の正体だっ!」
正体を表して、悪魔(ジヤボール)の表情で罵り、悪魔は人間たちだと言い張り、自己の正当性を保とうとする。
この聖人の前でなければ、申し開きなどする必要もなく、笑いながら全員を消し炭に変えてやって、姉妹たちだけをイヴァンカに吸収させれば済む話なのだが、私の中に少しだけ残っていた人間としての感情が、この聖人にだけは見下げ果てられないように、無様な言い訳を開始した。
「ごめんよ、僕もそれは知っていたんだ。何年か前、男の子が福者や天使になった後、死ぬまで戦って沢山の人が死んだ事故があった。それから男の子はそんな処置をされるんだと聞いてる」
「事故だとっ? これは故意だっ、私たちと同じように、男の子も殴って蹴って鞭で殴り、食事を抜いて連帯責任で極寒の中で立たせたり走らせたり、お前たちの虐待の結果が、私たちの決起に繋がって、兄弟たちは命懸けでお前たちを止めようとしたっ、それが事故だとでも抜かすのかっ! 偽善者めっ!」
私はすぐにでも大音量で人間共を制圧して、私に歯向かう装置があるのなら、それも破壊してやろうかと思ったが、この人が見ている前で破壊されて人生を終わらせるのも良いかと思って戸惑った。
「済まない、でも、僕もこの計画に賛同してしまった一人だ。天使が降臨して、愚かな人類を導いてくれるのを望んでしまった。守秘義務契約にサインして、せめて児童心理学が役立たないか、ここで少し努力したつもりだ」
彼も泣いていた。今までの実験は全て失敗に終わり、天使が下生する事など無かった。
大きな力を得た男の子も女の子も、自分たちを弄んで苦しめてきた偽善者とクズどもに、この世界の穢れたブルジョアどもにプロレタリアートの槌と鎌をご馳走してやったのだ。
ここでの実験や、ツヴォーリに偶然いた叔母さんによって救われた、私やイヴァンカなら天使にも成れた。だがそうはならなかった。
目の前でエリカが死んだのもある、マリアが生きていたくなかった、この腐り果てた世界を壊したかったのもある。
ほんの数日、ここでの実験が先に行われていれば? 私より先にイヴァンカが選ばれていれば、人類とバチカンと教会関係者の夢は叶っていたのに。
そんな幸せな未来は観測されず、誰かの手によって、多くの人類の願いによって阻止された。
「今からでも止めることは出来ないだろうか? 君たちは時間線を過去に戻ってこの場所に来た。だから今から…」
「黙れっ! もう「事故」は観測されたっ! 天使は訪れず、私と言う悪魔がこの世に生誕して、二人の助手を巻き込んで、何か所もの街を破壊して人間共を地獄に送ってやった」
人間共が事故だと言い張るのなら、私が生まれたのも事故だ。
男の子の福者や天使が、死力を尽くして戦ったのも事故なんだろう。
早くしろ、私を殺すか、お前たちが殺されるかを選べ。
この二人、マリアとイヴァンカ、新たに移動砲台に寄生した数人は無罪だ。悪魔は私一人なんだ。
「償えない罪なんか無いっ、今からでも、もし君達が人類全てを救ってくれるのなら、愚かな子羊たちを導いてくれる預言者になってくれるのなら、最初の過ちなんか…」
「私をツヴォーリまで送って下さいっ、今からライカを止めて見せますっ」
マリアがこのオッサンの話術にはまって転向した。
こいつはやはり敵だった。最初から私の覇道を邪魔するクズだった。こんな奴最初から助けなければ良かったんだ。
決定されて観測が終了した時空間の結果を覆すことなどできない。
できるのなら、この実験を最初から無かった事にして、関係者全員を殺して、兄弟姉妹たちもこの世から消している。
死ぬまで戦った兄弟達の前に現れて、悪魔の力を行使して奴らを破滅させている。
抵抗すれば、まるで奇跡のように邪魔が入って阻止される。
マリアが私を倒して、2か所の実験場と町の破滅を止めることは出来ない。祖父のパラドックスのように、自分の祖先を殺して歴史を変えることなどできないのだ。
「死ねや、マリア」
意外な所で、天使イヴァンカがマリアを殺してでも止めようとした。
私が言ったように、聖人と姉妹たちだけ回収して、人類を滅ぼした後に、どこかに楽園(エデン)を作って暮らすのだろう。そこにマリアは不要だ。
奴の配下である移動砲台、新しい仲間たちも全員でマリア本体に十字砲火を加え始めた。
私が躊躇っている間に、この実験場で収容所にも地獄が訪れた。
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