第12話12

 前回破壊してやった施設では、老朽化した水力発電所のダムを決壊させ、破壊し終わっていた街も鉄砲水で水葬にした。


 今度は廃坑になった石炭鉱山と、老朽化した火力発電所がセットになっている。


 これもアメリカの鉱山みたいに、50年とか100年の間、炭鉱火事が終わらず燃え続けている場所と同じで、全部燃やしてやらないとなあ?


 強行軍で到着して、時間軸も多少逆行してやったから、別の施設からの警告は届いていないだろう。


「イヴァンカ、ここにも少し、固定砲台があるみたいだ、奴らが気付く前に全部頂いてしまおう。上位生命の体が欲しい奴は何人か出してやってくれ」


「うん、分かった」


 味方を作ることになるのか、敵を増やしているのか、イヴァンカが前回の施設で回収した適合者、福者の三次元体を出して、瓶詰めの男の子の代わりに、砲台化されている上位生物を頂いておく。


 最初に取り込んだ砲台は、寿命が近かったので巨大生物に食わせてみて、私のコピーが支配できるのか試している。


 寄生主と似たような魚介類なので、脳に侵入するのは可能だろう。


 その支配が全身に及ぶのか、完全支配ではなく寄生主を殺してしまうような中途半端な寄生なのか、それが問題だ。


 私達の実験のように、寄生体を見て宿主を正確に合わせてきたのとは訳が違う。


 捕食されて胃袋を経由して、アニサキスやエキノコックスのように胃袋や腸を食い破って、宿主が行動不能になるまで苦痛を与える寄生体もあれば、偶然を狙って卵を大量に出し、胆嚢、肝臓を経由して循環器に入り、脳を目指して寄生する種類もある。


 それでもバッタとハリガネムシのような、生死を操れる関係にはなれない。


 タミフルのような抗ウィルス剤に破滅させられるウィルスのように、寄生体に死を命じて、高いところから飛び降りてバラバラになり、別の捕食者の口から寄生できるよう期待するウィルスでもない。


 私のコピーは、ただ食われて消化されてしまっただろうか? 通信手段も無いので、向こうから接触してこない限り、自分がどうなったのかも分からない。



 まだ昼間の倉庫、門番や監視装置の死角、4次元的な上位、それも未来側から侵入してやる。


 原生人類には検知できないし、監視装置にも一切記録されない。


 私達を検知できるとしたら瓶詰めの男の子だけだが、あの状態で生きていたくなかったのか、全員おとなしく取り外されて死んでくれた。


 砲台の接続用端子が壊れれば、人間共の知る所となるが、上手くバトンタッチして一瞬だけ切断警報が出たようだが、いつもの事なのか、監視員の怠慢なのか見逃された。


 数は少なかったが、結局配備されていた5匹全部を頂戴した。


 さあ、鉱山をすべて燃やして、有毒ガスで全員死んでもらおうか?


「やあ、お帰り」


「は?」


 私の人生で、家に帰ったりして、今まで一度でも歓迎されたことがあっただろうか? 


 …無い。


 世話係の叔母さんでも、一緒に住んでいたから「お帰り」は無かった。


「あれ? うちの子じゃなかったかな、他の施設から来たの?」


「え? ええ、まあ、ツヴォーリからこちらに転ぞ… 転校になったの」


 余り賢そうにしてはならない、もっと馬鹿な障碍者だと振る舞え。


 こいつはここの世話係のオッサンか、教会関係者だろうが、見られたから始末しておくか?


「いらっしゃい、じゃあ今日からここが君の家だよ」


 私の三次元体は、容易くこのオッサンに捕まり、頭を撫でられ、抱き締められてしまった。


 何の悪意もなく、叔母さんのように愛だけで近寄られてしまった場合、私の警戒感やセンサーが働いてくれない。


 私はこの人物を恐れることもできず、彼も私のような生ける化け物を目にしてすら、一切警戒しないで、よそ者の子供を受け入れてくれた。


「あ、ああ、あ……」


 今まで男親の愛など受けたことがなかった私は、無様にも泣き出してしまった。


 この男から与えられた、無償の愛が余りにも心地よくて、縋り付いてしまった。



 本当の父親など見たことも聞いたこともない。


 体を売って生活していたアバズレが、どの父親の種で身ごもったのかも分からず、足りない脳味噌で考えもなしに馬鹿を一人増やした。


 生活保護や新しい住居を狙ったのでもない、ただ動物のように発情して、そのオスの子を産もうとしたのかも知れないし、お人形さんごっこをして楽しもうとしたのかも知れない。でもすぐに赤ん坊が邪魔になった。


 何度も殺そうとしたり、結局病院で捨てられて、私はあらゆる汚らしい孤児院を渡り歩いて、生きていたくも無かった人生を続けた。


 孤児院の決まり事すら理解できなかった私は、何度でも救いの手を零れ落ちて、自分に相応しいマンホールの下の住人に落ち着き、汚物でゴキブリの一斉駆除の罠にかかって、野犬や野良猫のように処分される前に、適合者の実験体に利用できると判明し、ツヴォーリに出荷された。


 一緒にいたクソ共は、政治家用の子供売春婦として、不妊処理でもされて出荷されたのだろう。


 もう使い終わって壊され、内臓を抜かれたか、スナッフビデオにでも出演してあの世にでも行った頃だ。


 まあ、汚いオッサンに小遣いを貰って抱っこされ、愛情を注いでもらった回数や量は、私より多かったかもしれない。



 私を探しに来たイヴァンカもマリアも一瞬でオッサンに捕まり、この収容所の子供たちと同じ食卓に招待された。


 この場所では食べるのが恐ろしく遅い子供でも、与えられた給食を食べきれない子供も、お仕置きを食らう事もなく、スプーンを運ぶ場所に口と鼻を間違えても、笑顔で正してもらえて、鞭で厳しく教育もされずに食事を続けられた。


 入れ物や食べ物を床に落としても蹴り倒されずに、這い蹲って処理をさせられずにいた。


 拾って食べるのは衛生上禁止されたが、替わりが欲しければ、体を正しく動かせる親切な子供が取って来て届けてくれた。


 このオッサンに褒めてもらえるように。


 多少の失敗は余剰な食糧や、寄付、持ち寄り、親切で賄われていた。



 何故なのか理由は不明だったが、他の職員までも影響を受けていた。


 あの高慢ちきで、頭は悪い癖にプライドだけは高くて、弱い者いじめが大好きな軍人たちも、オッサンの前では友好的で、あの張り付いた笑顔に釣られるように笑っていた。


 オッサンがピエロのように演じると、あの堅苦しくて腐り果てた、教会関係者までが笑顔で接してくれた。


 このオッサンは、世話係でも医者でも軍人でも教会関係者でもなく、児童心理学と人類行動心理学の学者らしい。


 悉く失敗を続ける実験場に送り込まれたピエロで、事件や失敗の原因である、浮浪児で無能で知能が低すぎる私達を躾ける存在。


 肉体的精神的鍛錬で馬鹿を調教するのに失敗を続けた軍人や、有りもしない神の愛と救いを唱え、その同じ口で子供たちを罵り続けた教会関係者とは違う回答を求めて、西側の最新の教育方法を取り入れた教育者として、この実験場を変えるためにも送り込まれたらしい。


 私たちは書類の一枚も持たず、突然この実験場を訪れたにも関わらず、拘束も収監もされずに、お食事会兼歓迎会に参加させられた。


 ここは貧しくとも、デザートでも、砂糖でも、紅茶でも、ジャムでも、紙製の金メダルでも、何でもあった。


 小さな盗みをして、この苦痛の多い職場から利益を得ようとしないでも、子供たちの笑顔と、職員同士の連帯があった。


「大きな大人でも、君たちと同じで褒められたいと思っている。だから感謝の気持ちを忘れないように、彼らがもらえるブリキのバッチと同じものを、君達でも発行できるんだ。沢山作って贈ってあげよう」


 大人達でも、無垢な子供から贈られる紙製のメダルには大きな価値を見い出した。


 いつも食事の準備をしてくれる叔母さん、私たちに運動をさせてくれる軍人、衣服を調達してくれたり、衣食住を賄ってくれている軍人の中の会計員、様々な団体からの寄付や本、子供の衣服や食べ物を分けてくれる教会関係者。


 彼らでも、多くの子供の笑顔とともに送られる感謝の言葉と、紙製のメダルや星、それを首にかける短いリボン。子供たちが発行する感謝には、とても満足してくれて、自尊心を満たされたようだ。


 少なくともこの実験場の中では、それは大きな通貨として流通した。


 ここでも、相手に似顔絵を送ったり、そこに「パパ」「ママ」と書き足されていれば、贈られた人物は大きな報酬を得たように身を粉にして働き、メダルを受け取って「グランパ」「グランマ」と呼ばれれば、自分の命に代えても子供たちを守った。


 ある実験で、少ない報酬で何かの困難を救う依頼をされた時、多くの人は無償で依頼された時に喜んで依頼を受けて、結果にも大きな満足感を得て、金銭など小銭で依頼された時は依頼を断ったり、相手が困難を解消しても、その結果を喜んだりしなかったそうだ。



 いつかきっと、この小さな子供達の中から天使を生み出し、この煉獄のような世界にも、新たな予言者で天の言葉を下げ渡してくれる羊飼いを下生させ、世界を救うんだという共通の願いと気概、正しい目標が施設全体に設定されていた。


 一人のオッサンが描き出した、夢や幻のような導線に基づいて、誰もがその夢をあやまたず、道を外れる事なく夢を追い続けていたのだ。



 もし軍人が私達を不審に思い、ツヴォーリに問い合わせをした瞬間に、この場所は廃墟となって、光の速さで動く足に破滅させられ、地平線の彼方まで燃やされ、直近は電子レンジの中のように沸騰しただろう。


 このオッサンの暖かい手は、私達三次元体を出現させられる悪魔達を捕らえ、機関銃でも檻でも拘束できない天使体を、複数同時に拘束して支配してしまった。


 この頭を撫でて抱き締めてもらえるなら、どんな曲芸でも始める家畜へと変えてしまった。


 悪魔ぞろいで、人間の命などなんとも思っていない化け物達を、哀れな子羊へと変えてしまう魔法を使って、口笛一つで子羊を纏め上げる、猟犬で飼い犬に飼いならした。


 どの実験場にもあった多数の失敗と絶望は、この施設では愛と勇気と希望の名の元に、大勢の人物の愛情と、大きな労力によって償われて賄われていた。


 私たちが求め続けていた楽園はここにあった。



 これが奴らの罠なのだとしたら、その余りの出来の良さに感嘆の声を上げよう。


 もしこの夢の世界を牢獄としてくれるのなら、この世の破壊を止めて、私達はこの牢獄の中で一生を終えよう。


 もし彼が求めるのなら、私たちは天使ともなって、4次元世界へと旅立っている、3次元でのすべてを知っている存在の知識と英知を人類に伝えよう。


 でも、それはもう手遅れなのだ。


 私という存在は、愚かに過ぎる人類を観測してしまい、此の世を破滅させる悪魔として生誕して、ツヴォーリ実験場と隣接する軍の施設、家族がいる小さな町を破滅させた。


 続いて東にある水力発電所と、隣接する実験場の全てを破滅させ、多くの人の命を奪い去り、家族から殺して軍人たちを絶望させて、あの世に送ってやった。


 無原罪の少年達の多くが命を落とし、多数の呪いを残して、人類に呪詛の言葉を並べてしまった時から、この結果は決まっていて、観測され、塗り替えることなど許されなかったのだ。


 私もこの世の法則を、エネルギー保存の法則を憎む。残された時間は数日、地平線の彼方で、ツヴォーリ実験場が核の炎の中に消えるまで、数日しかないのだ。


 その場に出現して、悪魔である私が天使の振りをして自分を倒すか? 有り得ない。


 多くの結果は既に観測されてしまい、この時間軸では悪魔が生誕して、多くの実験場を破壊して死滅させ、人類は終わりを迎えるのだ。


 でも、ここが軍に取り囲まれて、私たちに降伏を促して来て、ここを破滅させるまではこの夢を見続けていたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る