第6話06

 小規模な軍事施設と、居住用の小さな町の掃滅が終了した。


 ツヴォーリ実験場と核施設は、行動予定通りに自爆した。


 一人者や幹部はツヴォーリの寮に住んでいたが、小さな子や私と同じ世代の家族が居る者は、ここに呼び寄せていただろうに、皮肉にも実験体の無能が生き残って、健常者の少年少女は皆死んだ。


 実験では知的障害が有る無原罪の少年に続いて、私のような馬鹿でマヌケを扱える段階に入ったのに、初期の失敗の経験を生かせず、異常な知能、天の知識を得る物に、十分なアガペーを与えていなかったので、放火者が生まれた。


 偶然生き残った他2名はどういった状態だろうか?



「こいつら、まだ生きてるのかな?」


『見ないほうが良い』


 エビモドキが敵を、つまり上位生命体の死体と、三次元の上部に設置された操縦席を確認する。


 無原罪の男の子と、軍人の搭乗者と操縦者。機関士なのか砲手なのか、男の子も合わせて、合計で3名乗っていた。


 もし人間だった頃にこれを見れば、とても人類を呪ったことだろう。


 嘔吐して泣き叫び、こんな穢らわしい兵器を平然と作れる化物で悪魔には、生存の必要を感じなかっただろう。


 気が小さいマリアにはとても見せられない操縦席。


「何? これ……」


 男の子は、操縦席で暴れたりしないよう、馬鹿が勝手にスイッチなど押さないように、当然のように両手足は撤去され、動物の如く喚かないよう口も声帯も外され、4次元世界だけを見れば良いので、眼球も鼻も舌も顎も取り外してある。


 管理しやすいように心臓と肺と臓器は残されているが、酸素とブドウ糖のボンベ。洗わないで済むように表皮も胃腸もない。


 拾い食いしたり、ナメクジかカタツムリでも食って、脳が地球産の寄生虫にやられるよりはマシだったのだろう。


 神経や血管を維持するのは点滴液程度の物で、擦り切れて壊れればユニットごと交換、この子も使い捨てだった。


 交換も簡単に可能なようで、コネクタで接続されている。神経が活線状態で切断されなければ、上位生命体を死なせないで、別ユニット接続を許す仕様のようだ、次の鹵獲時には気を付けてみよう。


 脳からは機械に接続するための配線、端子。上位方向には寄生体が取り付けられ、脳と心臓はいつでも壊せるように毒薬と小さな爆薬で処分可能。


 それらが搭乗者の邪魔ないないよう、臭気も伝えないように、コンパクトに纏められて、点検が楽な透明強化プラスチックの中に収められている。


『マリアは見るんじゃない』


 多数の人格を乗せたエビモドキに並び、マリアまで三次元の天使体を使って敵の残骸を見てしまった。


「ああっ、ああああああああああああああっ!」


 マリアも元の私達同様、馬鹿でマヌケで発達障害なので「絶対にしてはいけない」と注意されたことを必ず実行してしまう。


 これは良いものだから絶対に見ろ、と言っても見てしまうので、ADHD患者に抑止は効かなかった。


 この二人には、まだミトコンドリアからの招待と接触がないのか、知能も知識も神の領域には達していないようだ。回復にも多少の時間を要した。



『現状を伝えておこう、お前達が破壊しなかった2体、これも私だと認知できたな? これにも私のコピーを入れて、私が操縦している。だが一回死んでいるのと、別人が入れ替わるには何らかの処置が必要らしいから、こいつらは現在進行系で死に続けている、3次元の時間で3日もすれば行動不能になるだろう』


「そうなんだ?」


 エビモドキは返事をして理解したが、マリアは相変わらず泣いて震えるだけ。やはり死なせてやったほうが良かったかも知れない。


『所で、お前は今、誰なんだ?』


 天使体の顔では誰なのか判別不能だ。返答次第ではこいつも死なせてやらないといけない。


 緊急避難的に、命の恩人が殺されそうになっていたのを見て、数体居た穢れた敵を倒してくれたのかも知らないが、「私こそが預言者、一切衆生を救うために降臨した天使」などとホザイたら、一瞬でエビの脳みそを吹き飛ばしてやる。


「え? 私、誰なんだろう? イヴァンカが貴方が言った通り最初にこいつに食いついて、他の子も手伝って3人掛かりでこいつを乗っ取って倒したのよ、それから、それから……」


 福者と呼ばれる実験成功体を10ほど乗せてやり、砲手から操縦者、本体接続用などなど、複数人で取り付いて、四肢や尻尾を操る奴もそれぞれ居て、巨大な脳だったので居場所は広場のように有り、実験前の適合者まで寄生体を使って逆接続してやって、最期は意識が混濁して、現状は多重人格が統合されているようだ。


 それがミトコンドリアと接続できなかった理由か?


 イヴァンカ他2名は、非常に親切な奴で、仲間を助けずには居られなかったのだろう。


「でも、今もこうしていられるのは、貴方のお陰よ、ライカ」


 失敗した。あの破滅の中で、行動447に基づいて、こいつら全員を殺しに来た奴を音圧で制圧したのは私。


 三次元体の発する音圧の中で、兵士と同じように泣き叫んで苦しんでいたコイツらにも、手を差し伸べて生き残る方法を教え、人類の愛(アガペー)で神の慈悲を差し出してしまったのも、この私だ。


 愚かな迷える子羊達に、羊飼いとして、牧羊犬として誘導し、施設が消滅させられるまでに全員救い出してしまった馬鹿は、私自身だった。


 人間だった頃の私の遺言で、姉妹の救出も明言されていた。本当の天使を降臨させ、聖母マリア様も救ってしまった罪は私に有る。


『いいって事よシスター。同志イヴァンカ? どう呼べば良い』


「まあ、一等賞ってことでイヴァンカで良いわ、私にも、もう自分が誰なのか分からないや……」


 これからの方針として、彷徨える私達の姉妹、兄弟を救い出して、操縦席に転がっている脳と内臓の瓶詰めのような惨めな命を散らせ、楽に死なせてやろうと言うと反抗しそうだ。


 特に、腐り果てた人類を滅ぼして全員死なせてやり、選ばれた聖者のような人物にだけ、この寄生体と上位生命体を与え、人類すべての敵となって淘汰すると言えば、お綺麗で道徳心が強いマリアなど絶対に反対する。


 この3人でのバトルロイヤル? マリアの一人勝ちになりそうだが、それも良いだろう。


 神の思し召しのままにで、インシアラーだ。ユダヤ教のタルムードではどう言うのだろうか?


『これから特に用件がなければ、他の施設の姉妹(シスプリ)たちも救い出したい。それと、こんな苦しいだけの人生を送らされている、兄弟(ブラス)を死なせてやりたい。どうだろうか?』


 綺麗事を伝えて、他の姉妹を勧誘してみる。その結果は、施設の完全破壊と軍人も家族も教会関係者も全滅、証拠隠滅の自爆まで確実だ。


 勿論一人も逃しはしない。大きい施設ならば、逆に私達が撃退される可能性もあるが。


「ええ、分かったわ。あんたも来るのよっ、マリア」


「えっ? えっ、うん」


 こんなオドオドした態度を見れば、誰でもイライラして虐めるか無視するはずだが、以前の私はそうしなかった。今も何故かそう思わず、怒りも湧いてこなかった。


『マリア、怖いならもう来なくて良い。どこかで眠っていれば、捕食者が現れて、貴方が知らないうちに死なせてくれるわ』


 自分への脅威として消えて欲しいだけでなく、人間の頃の願望、「もう死なせて、殺して」がまだ残っているのなら、それを叶えてやりたい。今も生かしているのは、私の我儘だ。


「見捨てないで、私も連れて行って」


『いいのか? こんな悲劇をなくすことはできるけど、私達やお前を苦しめ続けた、人間共を全部殺すことになる。人殺しが嫌なら、付いてこないほうが良い』


 マリアにはまだ、神の声、ミトコンドリアとの接続の可能性が高い。その時に私と同じ悪魔の歩む道を歩むか、神の道を選ばせることもできる。


 そうなればマリアも敵だ。



 半壊した操縦席を踏み潰し、上位生命体の脳を砕いて、まだ生きていたかも知れない兄弟達の命を終わらせてやる。


 知能が低すぎて、親にも捨てられたか、臓器として売られた男の子。


 何の因果か、巡り巡ってこんな施設に来て、実験体として使用され、父親と誤認している男達と一緒に、恐ろしい思いをして、恐ろしい敵、私達と戦って死んだ。


 この人生に何の意味があったのだろうか? この現世にまで落とされて、この世の全ての苦痛を受けてから、人々の痛みと苦しみまで背負い込んで死んだのだろうか? かの預言者のように。


 では私達も預言者として降臨したからには、放火者としてこの世に死を振りまき、無駄な苦痛と恐怖を終わらせ、愚かな動植物だけで食う喰われる関係に戻してやらなければならない。


 このぼんやりとした目標で終局は、二人にも伝わっただろう。


 本来なら、こんな下等な世界を捨てて、日が差し込む明るい場所にまで泳いで、美しい世界を見てから死にたい。でも、愚かだった人間の頃の私の泣き声がそうさせてくれない。


 人間だった姉妹マリアとエリカの悲鳴が、それを許しはしない。



『行こうか? でも私達が行く所、死体だらけだ。私達は天から呼び出された天使なのかも知れないが、この場所が穢れ過ぎていた。穏やかな農村までは壊さないで良いかも知れないが、知恵の実の原罪を再濃縮したような奴らには、死を与えてやろう』


「ええ、そうしましょうか」


 イヴァンカ、エビモドキはそう言ったが、マリアは答えなかった。


 自分が存在しているのも、この世界も恐ろしくて、4次元方向にいる捕食者など、怖すぎて目も向けられないほどの小心者。


 お前が目覚めなければ私達は人類の大半を死なせる。何も持たず狩りだけをして、自然とも食う食われるだけの関係にある原住民は動物と同じで罪を持たない。


 只の経験則で麦を植えて食うだけの者も、原罪からは遠い。


 しかし、学問を究めたり、書物からだけでも無限の知識を得て、自然も物理法則までも、何もかも思い通りにして、他者を隷属させ、自然からも収奪を繰り返すだけの者、お前達は生きていてはいけない。

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