第4話04

 現在、無線や携帯電話などの連絡手段が、電磁場と放射線で止められているので、一般兵への指揮は旧式の放送設備で、ノイズまみれのまま叫んでいる。


 まずは司令塔を破壊するために前進する。電波塔も使用不能だろうが、復旧の邪魔になるまで壊しておくに越したことはない。


 声を上げている、あちこちのスピーカに対抗して、3次元にある天使体からも、私達が週末ごとに耳にタコができるほど聞かされていた、聖歌をソプラノで聞かせてやった。


『主よ~、御許に~近づかん~~』


 ベトナム沖のヤンキーステーションにいた空母にも、ロシア民謡を電波に乗せて、大出力で聞かせてやったように、お前達愚かな生き物が最も好む音楽を最大音量で鳴らす。


 天使の歌声が空気を裂いて、鼓膜や建物のガラスを全て粉砕する。


 音楽で敵を制圧したり踊らせる、マイコーと言う黒人歌手が巨大化したロボットや、歌で争いを止めさせるロボットアニメを見たことも有るが、私にならそれが現実にできる。


 人体とは、余りにも巨大な音圧に晒されると、体が竦(すく)んでしまって、耳を塞いで動けなくなり、次に体を丸めて頭を抱え、ガタガタと震えて体液を垂れ流しながら防御態勢に入る。


『ア~、アアア~~~~~~~~ッ!』


 精神的、肉体的後遺症は、一切考慮してやらない。


 耳から血を吹く物もいて、三半規管を破砕されて、歩くことすらできなくなり、地面に倒れたまま歩行を続けようとしている。


 これは予想以上の効果があって、私に無駄な砲弾を打ち込める物も居なくなった。


 下位世界で半分スピンが掛かっている肉体。その場には存在しない物質の影に向けて、天使に発砲する不敬を働ける者が居なくなった。


「あはっ、あはははははははははっ!」


 穢らわしい毛むくじゃらのカニの足で跳躍して、深海の中を漕いで泳ぎ、奴らが普段会議室や司令部の個室として使用していた場所、私には立ち寄ることすら許されなかった場所に降り立って踏み潰してやり、指揮官、士官を蒸発させて、足を踏み抜いた衝撃波で血煙を吹かせてやる。


 レンガやコンクリートの建物など、4次元空間からは、上が開いてる天井が存在しない、おもちゃの家でしか無く、上位世界からの降下程度で簡単に粉砕できた。


 3次元のサイズでは表す方法がないが、このカニモドキは巨大だ。


 鉄塔の上に配置されている、送受信アンテナさえ踏んでへし折ることもできる。


 巨大な光る影が地面を走り地面を割る。4次元世界で逃げ惑う天使型下等生命体が、私の下を泳いで、ヒッグス粒子の溜まった低次元にまで泳ぎこんで身を隠す。


 それは人類には空を乱舞する天使に見える。


 現実の物体として認識すらできない、四次元生命の落とした影が目の前を通過した時、記憶の中にも存在せず、光と翼を持っている謎の物体は、人間の脳内で光り輝く天使として描き出される。


「ああっ、神よっ、天使よっ、我は天と共に有りっ、救い給えっ、許し給えっ!」


 私のように、愚かで無能で何事にも気が付かず、笑顔すら持たない汚らしい子供と言うだけで、蔑んできた教会関係者。


 盗みを働き、中には体まで売っていた少女たち。知能が低すぎて、恩人にさえも懐かず恐れ、逃げ惑う野良猫や野生の鳥のように、馬鹿な生き物だった私達姉妹。


 ほら、もっと嫌ってみせろ、逃げ惑え、神の御手にその身を委ねるのだ。


「たすけ、嫌だあああっ!」


 お前のような穢らわしい物を聖職者と呼ぶのなら、私は悪魔にもなろう。赤い蒸気になって消えろ。


 綺麗事ばかり並べて、醜い物を見ようともせず、神にだけ救いを求めていた偽善者。


 今は私こそがこの現世で神罰を下す天使なのだ。悔い改めて、神に申し開きできるのなら、今すぐにやってみせるが良い。


『さあ~、裁きの時は来たれり~、御使いの元に跪き、悔い~改めよ~』


 この施設の主要な建物に接近するのは、奴らが所有しているかも知れない、上位世界の生物を破壊できる兵器に近付くことにも、遮蔽物に身を隠すことにもなる。


 私はそのスリルも楽しむ、破壊されて消え失せるのを望んでいる。軍人としての矜持があるのなら、この足の2,3本でもへし折ってみせろ。



 既に教会関係者は、天使が降臨して、裁きを開始したのを知って観念したようだ。


 舞い飛ぶ天使に似た生物を確認し、私の持つ3次元の天使体と上位世界からの影、光体に祈りを捧げ、跪いて終わりの瞬間が来るのを待っている。


 馬鹿め、私達より前には、少年も集めて実験し、その汚らしい手で、幼い少年達を可愛がったのだろう?


 男色で小児性愛者が教会に勤めて、信者の少年に手を出すのは普通のことなんだろう?


 テストステロンが多い男の子では、尽く失敗して私のように暴れ始め、恨みを晴らそうとして自爆や薬物で排除されたんだな?


 お前達の表情や後悔からもその罪の数々が見える。その心臓を引きずり出して、その重さを私の翼の羽の重さと比べてやる。さあ、どうやって私を消す?


『ああ、いたな、あっちか?』


 そこで私の甲殻、外骨格全体を揺るがすほどの振動があった。


『くそおっ、よくも私を撃ちやがったなあっ!』


 それは地平線の彼方から来た。そうだろう、ここに反逆者が出れば、一瞬で焼け野原にされて壊滅させられる。


 反攻の機会を待つのなら、天使の歌声にも惑わされず、すぐには踏み潰されない場所。天の上か、地平線の向こうしか無い。


 飛んできた何かは、私の外骨格を掠めて、傾斜装甲にひび割れを入れてから蒸散した。


 この世の物質ではない、前の失敗した上位生命体の部品、骨だとか牙と言った物を打ち出してきた。


 次の射撃を受ける前に、すぐに神父達を神の前に引き出し、申し開きの機会を作ってやる。


 つまり、全員あの世に送ってから、適合者の姉妹に語りかけた。混乱させておいたから、まだ爆破も射殺もされていなかったようだ。


『一人。一人だけ生きられるチャンスがある。一度天使降臨実験を受けて、その身に寄生体を宿した化物。福者だけがこの上位生命体の魔獣を喰らうことができる』


 多くのヒントは与えず、早いもの勝ち、バトルロイヤルで勝負を付けさせる。


 何も知らないで泣いていた、可哀想なマリアとは違う子。奴らの甘い罠に嵌らず、天の摂理にでも抗って生きる方法を探していた、私と同類の化物にだけ、この魔獣で怪獣を託す。


『そこで死ぬのかどうかは、自分で決めなさい』


 オブイェークト1と上位生命体、ロブスターかエビのような、海底の圧力にも耐える怪物を置いて身軽になった私は、上位世界に泳ぎ上がり、回避運動もしながら下位世界の発射地点を探す。


 第二射、大外れ。撃っているのは人類だろう。私を直接目視して照準できる福者や聖者では無い。


『はははっ』


 そんな化物は隔離施設の外には置けなかったのだろうが、それがお前達の敗因だ。どんな化物でも魔獣でも、利用して反逆者を粛清するべきだったのだ。


 何らかの機械で観測して射撃をしている人間共。精度が悪いのか反応が遅いのか、第一射撃で仕留められなかったのが運の尽きだ。


 海底で使用する水中銃のように、こんなに距離が離れていると減衰して何の役にも立たず、甲羅に少しでもヒビを入れたのが上出来な兵器。


 静止目標を破壊できたとしても、全力で回避しながら走り泳ぎ、逃げ回っている魔獣には当てることすらできない貧相な大砲。


 私は遮蔽物に隠れながら、海底に転がっていたような貝殻を拾い、何かの死骸を盾にしながら地平線の彼方まで走った。


『ニエット』


 大小の火器を備えていたのか、近寄れば数台の砲や投射機があった。


 遠距離での精度の低さも改善され、福者と呼ばれる成功体がいるのか、遮蔽物から出られない程の十字砲火に変わってきた。


 あれは? 失敗した化物で怪獣。男の子をベースにして結合させた上位生命体だが、自分の名前も分からなかった、ある意味、知恵の実すら持っていない、無原罪の少年との結合体。


 天使と呼ばれていた上位生命と結合しておきながら、知性が全く発現しなかった、只の機械で砲台。


 私のように、ミトコンドリアのような寄生体との、通話や結合が出来なかった不完全体で、最初から兵器転用を考えられて製造されている。


 3次元空間での全てを知っている存在との、コンタクトに失敗した無知蒙昧な兵器だ。


 でも数だけは数体存在していて、何かを投射する能力を有している個体が、何体かで私を囲見始めた。


 その行動には知性を感じる。


 後ろに回り込まれて十字砲火(クロスファイヤ)されれば終わりだ、案外短い人生だったが、朝に理(ことわり)を知れば夕べに死すとも可なり。


 私はこの世の全て、3次元でのすべてを知り得た、案外恵まれた存在なのだ、満足して死のう。その前にどれを道連れに死ぬか?



『フフンフーンフーーン♪』


 死を間近にしてご機嫌になった私は、6本の足から毒針か何かを打ち出せるのを知った。人間程度相手には全く不要だが、こいつらには使える。


 ハサミ部分も切り取るのは不可能でも、何かを強引に掴んで捕食したり、返しが付いた棘で逃さないように掴んで毒も注入できる。


 あちらも似たような機構を持った上位生命体で、人間の思いどおり動かせるよう改造して、わざわざ無原罪の少年を見つけて、父親代わりかホモのパートナーになれる軍人を選んで接合して、番いで攻撃させる手段を開発していたようだ。


 穢らわしい。自由意志を持たない、動くことも逆らうこともできない去勢された少年に、無理に上位生物を結合させて、操作は人類への忠誠度が高い軍人が担当する。本当の使い捨ての兵器だ。


 戦車よりも運用運搬が楽で、燃料は周囲から捕食する、弾丸は不明。暴れる危険度が高すぎるが、敵側が対抗する兵器を持っていなければほぼ無敵。


 全員、楽に死なせてやろう。


 あちらの投射兵器は、複数回撃てるように、何らかの改造をされて弾丸も持っている。


 でも本体が私を認識して、その後モニターに表示された物を人間が狙って撃つので、時間差が有る。


 そして、何かの貝殻か死骸を出してやると、熱心に撃っているので、デコイを識別する視覚を持っていない。


 弾切れかジャムで動作不良を起こした個体の、三次元部分に石を複数投げる。


 人類が減圧で蒸発しないでいられる場所に操縦席が有り、4次元生命から見ている敵には無力だ。


 配線を引きずって降ろしてある所に、4次元の物体が衝突して破損。4次元服とでも呼ぶような宇宙服も存在しないので、操縦者と3次元の天使体はすぐに蒸発した。


『お前も死ねぇっ!』


 手にしていた何かの残骸、貝殻にも似た物体を投げると、抵抗が大きすぎて減速して落下。やはり石のような固体でなければならない。


 ヒッグス粒子の底、マリンスノーの中から石を掴みだして、もう一度投擲。破壊できた。脆すぎる構造だ。配線を引き摺っていて、移動すら思うままにならない鈍足兵器。



 上位生命体の死体が2個できた。再支配が可能なのか、盾に使える程度なのか、投射兵器を利用できるのか? 試す暇もないが試してみよう。


 自分のコピーを作れるか試してみて、3次元に置く天使体を増やしてみる。


 出来た……


 遮蔽物から3次元体を放出、奴らの検出速度より早く移動。時間線の距離が少し離れた死体にも3次元体を放出、どちらも再支配が可能なのか試してみる。投射用の触手だけで良い。


 一度頭脳体を破壊されているので、生命維持に必要な、小脳に当たる場所も機能停止しているが、どうにか生かしておいて、心臓のような臓器と、呼吸用の臓器を無理にでも起動させる。


 さて、この捨て駒がどれだけ生きていられるのかは知らないが、逐次投入するだけなら、私の手駒が増えるだけ。


 西洋式の捕虜は全員死ぬチェスじゃなく、アジア式の降伏した手駒は全部自分の駒になるチェスだ。


 後何手でチェックメイトだ?

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