第3話03
人が歩く時に、踏み潰す虫に対して哀れみを感じるだろうか?
刈り取って食する、植物や果物に痛みを感じるだろうか?
自分に似た4足動物を狩り、命を奪う時に上げる悲鳴には心痛を感じるかも知れないが、それが空腹や儀式、焼いて料理して食べた時の快楽に比べると、何の痛みも感じない状態になれば、狩りも殺戮すら快楽となる。
ここの研究員達、神学者、教会関係者、軍人達、これらの命を奪うのは快楽ではない。ただ、全員を死滅させるのは、人間であった頃の私の遺言である。
人間を実験に使って殺す人非人、これらを打ち殺し、その罪を裁き、後悔させ悔い改めさせ、神の前で申し開きをさせなければならない。
自分達と同じような苦痛に塗れた姉妹を出さずに、次に続く者のためにも悪鬼羅刹を打ち払う。
これは愚かだった頃の私の遺言、叶えてやらなければ消えてしまう、哀れな動物の断末魔の悲鳴。
お前たちでは降臨者からのマニュアルを理解できなかったな?
私には十分な愛(アガペー)が伝えられなかったので、この世に火を放つ放火者になる。
愚かにすぎる人類に、同じ処置をしてやって、与えられる者には高次生命体の肉体を与えて、次の世界の命として、悟りと究極と失敗を伝えてやった方が幸せなのだろう。
だが私はその道を選ばないのだ。
さあ、狩りを始めよう、この夜に生きる最下層の愚かな生物を刈り取り、この苦痛の世界を終わらせるのだ。
「接続終了、同志マリアを救出せよ」
「マリア?」
怯えて体を屈め、現実から目をそらし、上位生物からの接触を防ごうとしている生物。体中の穴から水分を垂れ流し、泣き叫んでいる負け犬。
「殺して、殺してえっ」
「ええ、そうしてあげる」
甲殻類の足を使って、この世界にあるマリアの体を死なせてやる。
「なっ、何をっ?」
甲殻類の足を使って引き上げると、幼い少女の体、首から下が幻のように消えていく。
上位世界を経由して、4次元的には上部が閉鎖されていない、停止したオブイェークト3の中に放り込んだから、この子の体は鉄原子になるまで核融合する。
「放射線量増大、オブイェークト3内部に核反応? 格納容器に正物質が投入されましたっ」
「やめるんだっ、天使ライカッ!」
その後に何が起こるのかは、ここの研究者になら分かるだろう。排気装置も破壊され、上位世界にも炎が吹き出して、只では済まない。
映画で見た、KAIJYUを送り込んでいた世界のように、ジプシー・デンジャーの核反応炉が自爆するが、あれほど劇的な破壊は起こらない。
奴らには高圧の実験器具が破裂して熱水を浴びたりする程度で、この場所まで降りているのなら、深海用の作業スーツや探査艇が壊れる程度かもしれない。
マッチの炎のような惨めな光が灯るが、水の中で少しの泡になるだけなのかも知れない。
それでも元々深海で生活する生物ではないから、近くにいれば周囲の圧力で爆縮するように潰されて、スーツのシミになって消える。
「緊急停止っ、制御棒を入れろっ、薬剤投与っ」
申し訳ない、それらは無効化させてもらった。前回の降臨実験後、甘える振りをしてマニュアルを盗み読みしてやった。
マウスでスクロールする一瞬だから、読めないと思っただろう? でも「天使」には読めてしまうんだよ、マヌケめ。
驚いたような教会関係者、キョトンとしている軍人には分からないだろうが、電子レンジの中で焼かれるように、放射線で燃やされて煮えたぎれ。
こちらも上位世界の奴らも、双方できるだけ苦しんでから死ね。
「この光は? 臨海のチェレンコフ光ですっ! すぐに退避をっ」
他にも、こちら側に引き込んでいた私の体や、エリカの脳に付いていた寄生体の残骸なども放り込んでやり、周囲とバランスが取れて潰れないように、お灯明の火ができるだけ消えないように調整してやる。
この周囲は、人類世界にしてどの程度の時間になるか、超小型の太陽が出現して、事象の水平線の向こうに落ちてからも、ほぼ永遠に燃え続ける。
これがマリアの、私や他の子供達の墓標。
周囲の凄まじい圧力に潰され、圧壊するまで全てを焼き尽くす地獄の業火。あの子達を焼いて浄化し、次の世界へと導く道標。
「逃げろっ、爆発するっ!」
手元にはまだ、マリアの首だけが残っている。もし、もしも生きられる可能性があるのなら?
脳と寄生体を上位世界に運んでやり、苦しい記憶の全てを焼いてから、軟体生物のような上位生命体の中に人格だけを刺し込み、実験器具の拘束からも解いてやる。
お前なら適合者なのだから、元の人格と少しの記憶だけがあれば、終わった世界でも生きていけるかも知れない。
さようなら、私と少しの間だけ過ごした姉妹。お前のことは何も知らないけど、この場所で同じ運命に立ち向かい、救われなかった少女。
私もまた救われる事もなく、人類にとっては永すぎる時間を彷徨い、そして死ぬこともできない。
共に時間を過ごす仲間は欲しかったが、お前にその役目を背負わせるのは苦しすぎるだろう。生きていたくなければ、安らかな死を願うと良い。
「地震っ? これもライカがっ」
ほんの少し足踏みして、岩盤を砕くような歩行をしてやる。割れろ、割れるんだ、メントスを放り込んだコーラみたいに爆発しろ。
私は映画で見たGODJIRAかKAIJYUにでもなったような気分になった。
人類の天敵である怪獣と、対するは戦車や攻撃機に破壊兵器。面白い、やってやろうじゃないか。
「よくもっ、よくもやったなっ? この施設も、人員も、予算もっ!」
退避する前に、誰がこの事故を起こしたのか気付いた連中が、復讐のために銃で私を撃っている。
もうそれは効かない。降臨者から送られた、分厚いマニュアルを理解できなかったな?
この時空の過去において私は存在していたが、今はその影だけを見せている。存在しているし、存在もしない。
本来なら巨大で醜いカニのような影が映るはずだが、クリオネのような天使体、寄生虫の影が、私になるようにしているだけだ。いずれこの形も忘れるだろう。
銃を撃っていた軍関係者も放射線に焼かれて、この電子レンジの中で煮えたぎって崩壊した。
すぐに死ねたものは幸いである。青い光を見て、尚も生きてしまったら? 体の全細胞が時間を掛けて腐り落ちて死ぬのを体験できるだろう。
人の心を捨てたお前たちには相応しい最期だ、ここまでの事をしておいて、神の慈悲にでも縋ってみせろ。
私の背後で小型の太陽が点火して、周囲の物質や空間の圧力が無い、制限が効かない空鍋を焼き始めた。
上位世界では制限と圧力がないので、鉄原子でも燃えて核融合を続けるかも知れない。そうすればこの世界も燃え尽きる。
この程度の圧力と小さな燃焼では、オブイェークト3の圧力容器を全て溶かせない。
周囲には深海と同じく豊富な水に似た空間で満たされている。煮えても容器外のヒッグス粒子は蒸発すらしないで、異空間から仲間を呼び続けて破裂もしない。
私の目には小さな青い太陽が見えているが、人間なら見た瞬間に死ぬ。
「おいで、オブイェークト1、オブイェークト2」
カニの腕で圧力容器を閉鎖して、マリアと上位生物が入ったままのオブイェークト2と、上位生物だけのオブイェークト1を持ち出す。
電磁波と放射線の暴風の根源になった、私たちの残骸が燃え盛っているオブイェークト3と切り離して距離を取る。
適合者の寮、寄生体を植え付けられた実験体がいれば、上位生物と結合させれば生きられる。
当選者若干1名、同居するなら場所はあるが、主人格は1つになるまで殺し合うことになると思う。
でも捕食も適合も出来なければ全員死ぬ。哀れで無能な実験体は早めに死なせてやろう。
「退避っ、退避ー!」
もし適合者が反乱を起こした時のために、旧型の戦車まで置いてあったが、中身ごと焼き払ってやると爆発した。
設計通りに上部と砲弾だけが爆発して吹き飛び、乗員を守ろうとしたが、先に毛穴全部から血を吹き出して、煮え立って死んだ。
小さい太陽の破壊力も、距離が離れると減衰して行く。離れた位置にあった古い装甲車が、大き目の砲弾を連射していたが、もう私には効果がない。
こんな下っ端の兵士は何も聞かされていないだろうが、鉛玉も爆裂徹甲弾も効かない。
3次元的に閉鎖されている装甲車だが、4次元の上から見ると、バケツが転がっているようなもので、上は何も閉じられていない。
甲殻類の足で踏んでやると、バケツの中身の圧が上がって、血と蒸気を噴き出して全員死んだ。人類は虫やアリほど丈夫ではないので、周囲を踏みつけた衝撃波だけで死んだ。
4次元の熱水と圧力に耐える甲殻類の殻は、傷一つ付かない。少し引っ掛けて上位世界に連れて行って、装甲車をオブイェークト3に入れてみようとしたが、大きさが合わないで入らなかった。
もし容器を破壊してしまうと、小さな太陽の火が消えてしまう。上では消化しようとしているだろうか? 実験施設ごと上から巨大な石でも落としてやれば、簡単に潰せて炎も消えるが、深海探査艇如きにそんなアームも付いていまい。
上蓋替わりに装甲車を置いて来たから、反粒子を流し込んで消すのも面倒だろう。
奴らは下位世界がどうなろうと、学術的興味でもなく、カメラだけ取り付けたカニや、下の世界のゴミムシがどうなろうと知ったことでは無いだろう。
巨大すぎる知的生命体が、こんな深海の点のような場所、一度見失えば探す手段がないはずだ。私に取り付けられているカメラ以外は。
「施設の諸君っ、どんな事をしてでもっ、どんな犠牲を払ってでも奴を止めろっ!」
チェルノブイリ方式で、若い兵士全員の命を投入してでも、私を止めようとする下等生物。
上位世界から下げ渡されたマニュアルによって、何か手段を講じているだろうか?
私の脳の自爆? それは問題ない。惜しくもない記憶や人格と呼ばれるものは移転した。
マインドコントロール? 効いていないようだ。何かの操作を失敗したか、人体から脱獄して以降は無駄になったらしい。
必要だったのは愛(アガペー)で、脅迫でも願いでも天使への懇願でも無い。
愚かで無能な隣人にも、愛と水と食料と安心して眠れる温かい寝床。ほんの少しの哀れみと、父や母のような慈しみがあれば事足りたのだ。
無理に道徳だとか規範を守らせる軍隊生活やモラル? そんなものに価値はなかったと言う話だ。
「減数開始」
もう思考速度や知能も桁違いなので、脳が破壊されても呪縛を受けても関係が無い。
体は既に捨て去って、オブイェークト3の中で燃え盛っている、私は自分を火葬にした。
先に地殻でも叩き割って、オブイェークト1か2を開いてやれば、メントスコーラの出来上がりなのだが、地殻が割れない場所として選ばれたので、巨大な甲殻類でも不可能だった。
巨大地震が起こるほど足踏みして、裂け目は沢山作ってやったが、オイルも飽和蒸気も上がってこない。
「核施設には、作業手順通り行うよう伝えろ……」
電磁場と放射線の嵐の中、そんな英雄的な自殺行動を取る人物がいるだろうか? もう無線も電話も通じはしない。
有線の連絡方法の大半は死んでいるが、離れた施設からも監視していただろうから、実験失敗の報告が通じれば、ここを空爆させたり、核施設に自爆を命じるのだろう。
はて? この施設に直結した原子炉、全ての核燃料をかき集めて、メルトダウンさせれば? 冷却プールが存在する限り、大した爆発はできない。反逆者に利用されないためのマニュアルも有るだろう。
硬い岩盤であろうが、2400℃を超えるウラン燃料とプルトニウムなら時間を掛ければ貫通できる。
回収方法など存在しないドリル、1器に付き数十トンは有るだろう。それを放射線を浴びながら冷却槽から出すか、汚染された容器を破壊して熱い水を抜く…… 非常に面倒だ。
仲間の救出及び捕食を後にして、オブイェークト3ごと小型の太陽を燃料槽に投げ込めば、空焚きで水を全て吹き払って、臨界状態にまで点火できるかも知れない。
「行動(ポビジーニア)447に従えっ、迅速に、早くっ、早くっ!」
もう姉妹たちは居住区ごと爆破されたか、順番に射殺されている頃だ。奴らに立ち直る隙きを与えれば、必ずそうするだろう、降臨実験そのものが失敗したのだから。
急げ、急げ急げ。ほんの数分の差だが、どちらを選ぶ? マリアを確実に生かすようにして置けば、姉妹を救う方に向かわせられたのだが、マリアとオブイェークト2は上位世界に置いて行く、破壊されるのなら諦めよう。
寄生用の生物が繋がったままの、オブイェークト1の容器を背中に載せ、回避運動をしながら移動する。6本脚のギャロップだ、長い時間ではないが上の世界にも泳ぎ込めるぞ。
この状況でも奴らは、私を破壊する手段を持っているかも知れない。盗みをやって食べていた頃のように、捕まったり罰を受ける恐怖や高揚を感じる、楽しい、面白い、私を殺せるならやってみろ? 人間の皮を被った悪魔どもめ。
とりあえず、普通の人間は私の3次元での体、天使体を狙って撃ってくる。
それは驚異ではないが、余り接近もしないで可能な限り回避して、天使体とは距離を置いて移動する。
高次元の生命体を破壊できる装置など、一般兵が持っているはずもない。
さて? 私が死ぬまでに、何人? 何万人殺せるかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます