第2話02
現在、第2の犠牲者マリアが座らされて、オブイェークト2に無理矢理接続させられている。
この子はもう限界だろう、前回の実験で小型生物を乗せられて、記憶や脳神経が正常に戻されたせいで、虐待やネグレクトを思い出し、家族が死んでいるのも思い出した。
「接続開始」
私もゴミのような捨て子や、ストリートチルドレンにふさわしい、発達障碍や知的障害の塊のようなマヌケだったが、上位世界からの生物によって、人類などより高い知能を得た。
マリアも接続用と思われる最初の寄生生物の次に、もっと大きい監視機器を搭載した生物を乗せられる。
「ああっ、ああああっ、入らないっ、殺してっ、殺してっ!」
そうじゃない、そうじゃないんだマリア。そいつは入れるんじゃない、前に私達に取り付けられたのは、その生物に寄生する寄生虫みたいな奴なんだ。
バッタやカマキリに寄生するハリガネムシみたいに、上位の生命体を操作して、死を命じることもできる寄生虫。
その上位生物に入り込んで、脳を操作して体を支配して、自由に使役する寄生虫なんだよ。
でもお前は死にたがっている、もう生きていたくないだろう。だから正解は教えない。そのデッカイ化物を食らう方法も教えない、もう楽になると良い。
「いやあ、いやああああっ!」
人間が死ぬ時の、本当の悲鳴を聞かされる。人体として反射的に死を受け入れるのを拒否しているようだ。受け入れろ、そして死ね。
先程の実験も失敗したし、エリカとは違う実験動物を乗せられているようだ。膠着状態になって苦しんでいる。
「オブイェークト3も接続」
ついに来たか? でも私はまだ死ぬ気がなかったので、隣で苦しんでいるマリアと同じ手段は使わなかった。
侵入されないよう、捕食されないよう、固く身をかがめて防御する。
まあ食われてしまえば、寄生体に侵入するので支配はできるのだが、噛み砕かれる時に邪魔な人体は壊れる。
「接続!」
私は自分に取り付けられていた寄生体を操作して、上位世界にいる化物の脳を食い荒らすために、クリオネのような下等な天使体からバッカルコーンを開いて、カニのような甲殻類の下部組織に食いついた。
降ろされて来ている奴も、抵抗できないように足や腕のような場所を拘束されている。
目や触覚を動かして暴れているようだが、お前はこの生物に対して無力だ。
もし侵入されているのに気が付いて、足でも使って物理的に排除できても、半分入り込まれてから、こちらの下半分を引き千切っても、入り込んだ部分だけで種付け終了。
後は脳まで食い荒らされて、こちらの思い道理に動かされる奴隷になる。
そのままでは、ぶら下がっている人体を完全に破壊されて、千切れる時に脳みそごと持って行かれ、エリカと同じ運命を辿る。
この寄生体よりも、人体のほうが遥かに脆い。ミジンコ以下の生物、せいぜい単細胞生物以下のRNAやウィルス程度の物体を、寄生体に引きずらせて、甲殻類の殻の中に全人格と記憶を押し込まないといけない。
そうしてしまえば、ここにいる人非人の実験者全員を、甲殻類の体で皆殺しにすることもできる。
機関銃など上位次元の生命体には何の役にも立たない。
いや、ここの奴だけじゃない、人類まるごと滅ぼして、上位世界から寄生体を捕まえて、まともな人間とだけ接続させて、同じような甲殻類を捕まえてくれば?
多少難しくても適合もしないでも、別に不可能な事ではない。
「捕食(キーシニシェストア)」
奴らも何が起こっているのかは把握しているようだ。仕様書や説明通りに進んでいるが、この体、三次元の底にある人体には半分スピンを掛けておこう。
接続終了すれば、すぐに薬物で支配するか、催眠術が有効だと思いこんでいるのだろう。
でもそれはこんなガラクタの人体にだけ通用する。大半をアストラルボディに移送しておいて、残りはバカどもにだけ見える観測結果で幻覚にしておく、どれだけ機関銃を打ち込んでも爆破しても無駄だ、三次元に残すのは物質ですら無い。
「ギャアアアアアアアアアっ!」
これは私の悲鳴、人体側から発せられている、相当な苦痛なのだろう。血の涙を流して鼻や耳からも血を流している。
甲殻類の足や動きが固定されていなければ、こんな悠長な真似はしていられないが、もうすぐ高次元生命体様が限界だ、ビクビクと震えだして泡を吹いて、脳を食われながら死のダンスを踊り始めた。
私は宿主と共生して暮らす種類の、元の穏やかな寄生体ではないので、即座にこいつの脳を支配して破滅させている。
足をガクガク震わせ、目や触覚もハサミも非ぬ方向を見て暴れ、どうにか拘束を解こうとする。奴が暴れ出さないうちに、私の本体を回収させておこう。
取り敢えず脳みそだけでも良い。心臓だの魂なんか、後から作っても構わない。
「同志ライカ、現状を報告せよっ」
実験中止と救出の準備、私が暴れれば殺害する準備もしている人間共だが、もう手遅れだ、私は大半こちら側に移動した。
人間共? そうだな、もう私は人間ではなくなった。この知能や実行力、思考速度、全て別の生命体の中の出来事であり、私ではなくなってしまった。
過去の何もできない、考えられない、食べ物や小銭を他人に強請って、盗みをして生きてきただけの、野良犬や野良猫と同等の知能しかなかったゴミとは違う存在になってしまった。
私は狂っているのだろうか? それでも構わない。この腐り果てた人類と言う化物で、汚らしいゴキブリを全滅させられるのなら。
「FKGJDHすTJHDせあSTHDちJH」
甲殻類様ともご対面して、お話をしてみる。
何を考えているのか、何を言っているのかも分からないが、多分「食べないで」とか「殺さないで」とか、そんな所なのだろう。
上位世界では最下等に近い生物だが、こいつの思考領域に接続し始めただけで、人類程度には出来ない思考、知能、知性、知識が閲覧可能になっていく。
これを人間共は「天使」だと思ったのだろうか?
「ライカ、無事なのかっ? 答えろっ?」
ゴキブリが何か言っているようなので、天からの声を聴かせておく、そうすれば満足するだろう。
「私は上位世界の生命と接続した。これより天啓を伝える」
「おおおっ!」
「神よっ」
ゴキブリどもには、奴らが喜びそうな予言だとか天啓でも聞かせておく。
質問されれば数学の10大難問でも、素数のゼータ関数の最終定理でも何でも、ゴキブリが喜びそうな話を聞かせてやろう。
その間にも、上位生命体の視覚や聴覚が私に奪われて、4次元世界を見る。
素晴らしい、この濁ったヒッグス粒子の底でも、ゴミ溜めのような人類世界などより遥かにマシだ。
陽の光が当たる世界、海の中からでも上位世界を見れば、もっと美しい世界が見えるはずだ。こいつの記憶の中にそう書き込まれていて、その光景を思い浮かべる。
周囲でも私に入っていた寄生体程度の生物が何種類か泳いでいる。自ら光ってもっと下等な単細胞生物が光を求めて集まるのを捕食している。
この泳ぎが翼に見えて、発している光が頭上の光輪や後光に見えたのだろう。上位世界からの影として3次元世界に立体の影絵が映ったのだ。
「天使を確認した。光り輝いて後光を放ち、愚かな人類を導き、天啓を与える者として存在する高次生命体」
「ああっ、素晴らしいっ」
「我は天とともにいまし、み救いの手を差し伸べ給え、我ら愚かな人類を導き給え」
私のような汚らしい浮浪児に跪いて祈る教会関係者。
こちらの世界に雲の上に立っている、髭を生やしたお爺さんでも居て、天国への階段の門を開き、羽根を生やした天使が飛んで祝福しているような願望でも見ているのだろう。
「対話してみてくれ、私達にも神の声、天の声を聞かせて欲しい」
こいつらを捕食して断末魔の叫びを聞かせてやることも出来たが、取り敢えず移動しやすいよう、脚の拘束を解いてもらえると助かる。
天使型の生物も、頭から触手でも出して、こんな愚かな人間共を捕食してやれば良かったのに、こんな平べったい世界の人間や、動物のフンや死骸が積み重なったような汚らしい場所では、食事をしないのだろう。
この世界に影を落とした時は、天敵から逃げる時に泳ぎこんだか、泥を掻き分けて食料になる個体が隠れていないか探したのかもしれない。
愚かな人間に聞かれるままに答えてやっていたが、その間にも私の思考速度は上がり、古いゴミのような人体を操って何かを教えてやるのにも、何の負荷も感じなくなっていた。
確かに人類には持ち得ない知能だが、こんな海底を這いずっているような下等生物に三次元での全ての知識が備わっているはずがない。
この知識はどこから得られるものだろうか? 足し算や引き算すら間違えていた私の知識から、宇宙の法則まで思考して解を求めるのは不可能だ。
因数分解や微積分の概念すら持っていない人間が、統一理論や高次元にまで伝わる重力場の概念を知り得る訳がない。
「ようこそ」
そこで別人からも話しかけられた。人間共ではない、甲殻類でもない、私と結合した寄生体でも無い。もちろんこの実験をしている上位世界の知的生物でもない。
どうやらこのカニモドキの中にも先客が居たようだ。上位生命体全てに入り込んでいる寄生体。
三次元で表現するとミトコンドリアのような、細胞全てに寄生している物体がいた。
酸素をエネルギーに変える力の源でもありながら、私が居た三次元の全ての記憶と歴史を持たされた人工生命体であり、その中に夢と希望を詰め込まれ、三次元生命が永遠の夢を見ている揺り籠。
現実に全ての生命や惑星を宿している訳ではないが、その頭脳?サーバーが見る夢の中には全ての幸せがあり、生まれ落ちたものはスポーツであれ学業、経営、研究、全ての夢を叶えて立身出世をして、素晴らしい恋をして子供を残して死んでいく。
元の私のように、何者にもなれず、無様に惨めに愚かに過ごし、障害によって全てに失敗して死んで行くような負け犬が存在しない夢。お花畑の中の幸せな幻覚。
人類ではない別の惑星の住人から、3次元世界での勘定を終えて、輪廻の輪からも外れ、全てのチャクラを開放して悟りを開いて解脱した存在。更に上の世界を目指してゆく探求者。
全ての工業力を使用して、愚かだった頃の生命をも記録した揺り籠を作り、ヒッグス粒子を排除した4次元的に閉鎖されている入れ物を作って、その中に移住して上位世界に送り出した異星人。
そいつらのいた文明世界も、既に悲劇も難病も短命も愚かさも存在せず、既に完成された世界があったのかも知れない。
いや、愚かな生命体の体を捨てて機械化し、子供も生まれない、喜びも悲しみも無い世界を作り出したようだ。
その果てに個体も個性も性別も存在しない世界に成り、存在価値もなくして行き、諦めや死が支配してしまう前に、自分たちの全ての記憶を持たせた究極を、上位世界に送り出したようだ。
そこには全てがあって全てがない、その思考や行いは上位生物には感知されないが、同じ三次元人である私には見ることができる。聞くこともできる。
ここでは愚かであることが尊ばれ、何も知らないのが良きことで素晴らしいこと。
この中には宇宙があって真理が存在していて、それを上から俯瞰して時間さえ移動軸の一つになり始めた私には、何もかも知らされてしまう。
とても残念だ。何の努力もせず宇宙の真理を知り、悟りの境地に至って涅槃に至る。
その経緯を知り、苦しみ抜いて解脱するのが喜びであるのに、私は全ての回答を見せられてしまった。
ある意味宇宙が私になり、私こそが宇宙であったが、もうそんな物に価値はない。
人間共には下らない話を聞かせていたが、その間にこの施設の幹部も現れた。
「同志、いや、天使ライカ、もっと話を聞かせて欲しい。これからは我ら人類を導いて頂きたい」
軍関係者でありながら、教会の教えに賛同した人物。実験成功の知らせを聞いて飛んで来たようだ。
既に私の頭上には光輪にも似た光が宿り、後光のように体まで輝き始めていた。最初のクリオネのような光る寄生体の輝きだろう。
「良かろう」
私を拘束していた手枷足枷を異能力で外して、最初の奇跡を見せてやる。
この程度は全ての物理現象を知るに至った私には造作も無いことだが、これには意外な効能があった。上位世界でも甲殻類の拘束を解除してくれたのだ。これで自由に暴れることもできる。
「フフッ」
「閣下、まず被験者の健康診断と心理チェックをしてからです」
「不敬だぞ、研究員君。天使ライカ、健康状態は如何ですかな? よろしければ食事や、お茶やお菓子などでも用意させますので、お話をお伺いながらでも」
「ああ、そうしよう、診断は後だ」
診断中に注射をして、傀儡にするのだろう。もうそれも無効で、効いている振りをしてやっても良かったが、この男は天使と会話したがっているのだ。
泣いて平伏して喜んでいる宗教関係者と同じく、顔を輝かせて笑顔で話し、天使に非礼がないように接している。
その前にやることがある、哀れな同志マリアを死なせてやらなければならない。
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