天使降臨実験施設(アンジェル プリシェーシチヴィイ エクスペリミヤント アディエクト)ごさーいverライカ
@piyopopo2022
第1話01
昔、天使を呼び出そうとした人達がいた。
聖堂や神殿で時折見かけられる幻影、もしくはステンドグラスが作り出した光の幻。
激しい絶食や断食、自分を痛めつける修行の果てに見た希望。
栄養状態の不良や睡眠不足で、果ては神経を高めるような薬品まで使用し、妄想や幻覚を見るまで錯乱を起こした、修験者が見たかった願望。
そんな嘘や妄想に縋り付いてまで、天の奇跡や平和、平等を求めた愚かな生き物達がいた。
中央アジアにある核施設跡地。
「これより第138回、ツヴォーリ実験場、天使降臨実験を開始する。詠唱開始」
聖歌が流れ、機器を調整している人物の気分を高めるため、聖句にまみれた聖歌や、格調高いパイプオルガンの演奏がスピーカーから響き渡る。
これに大した意味はない。必要とされるのは、この場所、この実験空間にある密閉容器内を、ヒッグス粒子すら存在しない、空虚な場所へと変更して、高次生命体が存在できる場所として提供すること。
限定空間からあらゆる粒子、ボソン、ミューオン、バリオン、ハドロン、ヒッグスを可能な限り排除して、清潔な空間を作成する。
それには莫大な電力を使用した磁気装置を必要とする。旧型の核施設から直結した電磁場発生装置、粒子も空間も何もかも吸い取って排除した特殊な場を形成する。
三相の特異点が回転して、この世界にある粒子、空間を吸引する形で排出、破砕。平行した異世界に向けて4次元方向に転送する、特殊な高真空の発生装置を要求される。
「減圧開始、オミンシュダブリーニア・アディエクト23、マイナス状態を維持」
まるで深海から海水を抜いた空間を作り、エーテル宇宙からエーテルを抜いたような特殊空間の作成。
三階建の家ほどもある排気ファン? 掃気、廃棄だろうか、人類の概念では全体構造を作り出せない物体。
もし失敗しても周囲の圧力で潰され、泡すら出る暇も無く圧壊するだろうと予測する者もいた。先方からもそう説明されている。
このマリンスノーが降り積もったような、ヒッグス粒子がビッシリと詰まった、深海にも似た場所で火を灯しても、一瞬だけ輝いて消える。
継続して核の炎を灯すには1億ボルトのプラズマを要求され、その環境でだけで核融合反応が継続する。
核分裂、核融合、どれも限定した空間でだけ爆発が起こり、燃え広がることもなく、最初の燃料になる原子を使い切れば、連鎖反応は消える。
水の中の花火のように、バケツの中に差し込めばすぐに消えてしまう、今まではそう思われていた。
だがこの装置内では、原子さえあれば核の炎が燃え続け、鉄原子になるまで消えること無く燃え上がる。
乾いた山の上で火を放てば、山全体が燃え上がるように、核の炎すら消えない場所を作る機械。
「減圧720アディーナ、バブイチェ開始」
そんな特異点は地球上に存在してはならない。もし間違って地下数百から千メートルにある飽和水蒸気を減圧して吸い出してしまったら?
この場所には引き寄せたマグマがメントスコーラのように吹き出し、小規模でもシベリア・トラップのようなマグマ溜まりが作られ、少なくともエベレストがもう一個出来るような終局噴火が起こるのではないかと予想する者もいる。
地球、そして太陽系は時速数百万キロで移動しているので、ほんの数百メートルはこの装置にとって誤差でしか無い。
重ね合わせの観測結果が、最良の結果を導いた時にだけ破局は起こらず、ニュートラル位置から遠い世界では破滅が起こっているのではないかと予想する者まで居る。
これはそんな碌でもない兵器で、4次元方向に接続された上半分は、上位世界からの贈り物だった。
CERNが建設された時にも、粒子加速器で反物質をぶつけてみたり、ボトムクォークを発生させ、ヒッグス粒子の存在を検証する実験の際に、マイクロブラックホールによって地球ごと飲み込まれるのではないかと言われていたが、それも杞憂に終わった。
「高次元(ボソウケラーズミャ)方向にエデダーシャ開始」
この宇宙には、余った粒子や空間を捨てる場所は無い、深海の中で海水を捨てる場所を探すようなものだ。
幸いこの場所は陽の光が届くような浅瀬で、4次元空間から下位世界に向かって、4次元的な下方向にパイプを降ろしてもらい、圧力が低い場所に向かって吹き上げる。
粒子の類も全て壊れ、最小単位の弦に粉砕され、空間ごと破砕されて排出する。
これも降臨者と呼ばれる、高次生命体から要求された施設であり、粒子加速器のように放射線を撒き散らすので、人家の側に置いて良い物体ではない。
数々の小規模な失敗を繰り返し、岩盤が強固な場所、巨大な振動や時空間の揺らぎが少ない場所が選別され、こんな人も動物も通わない場所に実験施設が作られた。
「タワーリシチ、マリア、エリカ、ライカ、準備をしたまえ」
「はい、司教様」
同志と呼ばれる私たちは、街中のマンホールの下にでも捨てられていたゴミ。
大半がストリートチルドレンだとか、捨て子、孤児、家出しても凍死せず、どうにか生きていられた子供が、軍関係や教会に拾われ、適合体として合格した物がこの施設に送り込まれる。
曰く、天に祝福を受けた子供たち。天使がその身に降臨することを許された選ばれた巫女。
いや、ただのゴミの再利用で、人道に反した行為を受ける実験体を、どれだけ綺麗な言葉で飾ろうと無駄だ。
確かに私達には、路上で凍死する、餓死する、汚染物質まで食べようとして何かの中毒、猛毒で死ぬような選択肢もあった。
ここにいる大半の者は、温かい寝床と食べ物に釣られて来た。その日の命だけでも繋いで、どうにか空腹を紛らせればそれで良かった。
元々全員その程度の知能しかなかったのだから。
「オブイェークト1に同志エリカを設置」
人間とは、5歳程度までに十分なタンパク質を摂って脳を形成しなければ、もう二度と知能が高まるようなことも無い。
その後に栄養を受け取ったとしても、脳神経は接続されておらず、いつでもバッタからイナゴに変身できる飢餓状態を知っている脳で、他人の体臭や糞尿の匂いを嗅いで、濃密な異臭を清掃もできずにいると、悪魔の羽を生やして殺し合いを始めるか、レミングのように大量自殺を始めて破滅する。
そんな大量殺人者か相互確証破壊予備軍のゴミだが、この装置を経由してやって来る化け物、生物を融合させられた時、現生人類には持ち得ない高い知能が得られる。
健康な脳すら形成されなかった少年少女、孤児、虐待を受けて人格まで分裂した子、病人、奇形、それらが修復されたり、知識とアガペーさえ与えれば、人々を導く羊飼いとも成り、愛がなければ放火者にもなれる。
「オブイェークト2に同志マリア、3に同志ライカを」
4次元に存在する生命体、高次元から光化して、こんな海の底のような、ヒッグス粒子が降り積もった低次元へと降り立ち、不自由で不便極まりない、穢らわしい人の肉体を求める探求者が降臨するのを待つ。
先方も同様の実験をしている。こんな低次元に接触し、降りられる限りの最下層、彼らからすると海の底のような高圧高負荷な局地で、何らかの実験が行われている。
彼らがどこから来るのかは誰も知らない。知ろうとしても、時間移動すら可能な知的生命体で、XYZ軸と時間軸、更に4次元生物でも移動できない、第5の軸線を認識できる生命体。
3次元人には彼らの居場所を説明する手段がない。この世は11次元まで存在すると言われる世界、余剰次元は折りたたまれているのではなく、3次元人には認識できるはずがない。
まず0次元というのは、ただの点であって大きさもなく、比較対象もないので動いているのかすら不明な点。
それが動いていて何かの拍子で同じ軌道を巡り、線形を描いて「閉じた」と確認された場合、その経過を全て認識できる生物には一次元の線として認識できる。
次に閉じた線が動き、回転して同じ軌道を巡り閉じた場合、その経緯を認識できる生物には2次元の面として認識できる。
その面も動き回転し、同じ軌道を描いて閉じた時、3次元の球体として認識される。
さらに球体が移動して回転して閉じた場合、4次元球となるが、もう人類には認識もできなければ手や図形で表すことも出来ない。
現生人類が三次元の太陽系を表す時、薄いゴムの膜を張って、その中に大きい球体を置く。
中心にある太陽によって大きく空間が歪められて沈み、その中心に向かって落下する前に、円形を描いて周囲を回るのが惑星。
まるで天動説の時代の世界を表すような地図が出来上がり、神々がおわす太陽のような高地からは眩い光が差し、世界の果てからは海水が落ちて、その世界を下から巨大な亀や象に支えられる。
何度か天使降臨実験を受けた私達には、この世界が球体が回転して閉じた、4次元球であるのを認識できる。
時間軸Tを認識して移動可能な軸線として見て、片側にだけ落下する第5の軸線を体感する。
太陽系とは正12面体で構成された4次元球であり、進んでも世界の端に到達することはなく、曲がった空間が閉じているので、ボイジャーのような探査機でも、何かに衝突したり撃墜されなければ、長い時間を掛けて逆方向から帰ってくる。
異世界の記録や太陽系の裏側を観測してから。
「オブイェークト1スイディニーディア」
このような低次元で、未開で、汚らしい場所へと降り立ち、調査をしてから元の次元に戻ろうとする、高邁な意思があった。
愚かさに過ぎる人類に対して、教えや文明、思想、教育、そんなものを下げ渡しに来る、高貴な天使を必要としていた。
それがあちらでの人類のような存在、霊長類のように生命体の頂点に立つものが降り立ってくれる?
そんな馬鹿なことを考えていた時もあった。彼らが送り込んできたのは、こんな三次元の底でも生きることが出来る、地球で言えばクマムシだとか深海生物、さらに熱水の中でも生きられる強固なチューブワーム、それを食料とする硬い甲殻を持つカニ、そのような実験動物に監視装置を付けて落とし込み、この世界の生物に融合させ、監視記録を上位世界へと送る。
たったその程度の実験、上位世界では遊びや娯楽のために撮影して、テレビやネットのような場所で公開する、興味本位の実験だったのだと私達は思い知ることになる。
「入らないっ、こんなの絶対入らないっ!」
同志エリカ様は、今回の実験動物を受け入れられなかったようだ。
小さい生物、クマムシのような奇妙な節もある虫は受け入れに成功して、奴は祝福されて高い知能も運動能力も手に入れたが、やたら態度がデカくなって、いつも私達を見下げていたので良い気味だ。
特に隣りにいるマリアを虐めて遊び、気が弱い生き物、いつも何かに怯えて震えていた娘を「退治」して喜んでいた。
曰く「こんなゴキブリ、生かしておいてもしょうがない」とまで言い切った。
「接続失敗、同志エリカを切断、救出せよ」
この馬鹿は私にも似たような悪態をついたが、スクールカースト最低位のナードにされないよう、即座に殴りかかって倒してやったので、以後私には手出ししなくなった。
「入れないんだってばっ、無理なのにっ!adhaslfhalghaeghalifgaleifhafaESH!」
まず最初の寄生生物、虫や軟体動物のような物を憑依させられ、次に繋がるように調整された少女は、目と鼻と耳から脳を吹き出した。
多分死んだのだろう、別の生物に寄生されて、3次元での生体を破壊されてからでも生命活動を続けた奴は知らないし、異世界の虫やチューブワームが脳幹や小脳の機能を代行して、ロシア語で会話した例は知らない。
「イザリーロシェパワタ」
死体が撤去されて、一応隔離施設内の病棟に搬送され、どの部分を拡張すればよいのか、最初の生物の定着後、どんな調整をすればよいのか、引き続き研究される。
「続いて同志マリアを接続」
仲間だとか同志が散華しても、特に気にしていない連中。
高次元生命体が寄生した者は、教会から祝福されてきれいな服を着せてもらい、福者や聖者として扱われたはずだが、この程度の成功例など掃いて捨てる程居たのだろう。
社会主義時代の栄光をもう一度求めている軍。唯物論の共産主義時代では迫害されたはずの宗教関係者が、何故か同じ化け物を求めている。
私達は気付いていたが、下等な生物を落とし込まれて、カメラやマイクを背負ったままで動き回り、より高画質の映像を求められて、大型の生物が乗せられる。
大きな移動距離や探索範囲も求められて、移動もできない軟体生物の次には、足や触手で移動したり、泳いで回る怪物が降ろされている。
「殺して、もう死なせて…」
同志マリアは、両親から虐待されてネグレクトも受けて、人格まで分裂して虐待用の別人格まで作成してこの世界から逃げていた。
夢の中の世界に逃げ込んで、幻覚や幻聴で優しい親兄弟と会話して、人形を妹だと思って可愛がっていた。
前回の実験でその幻想は打ち破られて、妹は親に殺されて死んだことも、自分も酒乱の親父に殺されかけたが逃げて助かったことも、クズの母親も射殺されて血まみれで倒れていたのも全部思い出して、鎮静剤を叩き込まれるまで暴れまわって死のうとしていた。
実験体には限りがあるのか、どうせ死ぬか廃棄するなら、化け物を降ろしてから壊し、どこを改造すれば良いのかを探る実験体にしたのだろう。
ああ、せめて楽に死なせてやってくれ。
「オブイェークト2、接続開始」
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