中篇 チャイナ・シンドローム
一か月後。
丈太郎は、知己に電話をかけた。
「あのお宝。南米で盗まれたものだったって」
「へえ」
新聞紙にあった「ORA」はスペイン語で「こんにちは」という意味だ。犯人グループは一部を新聞紙に包んだことを自白しているという。
「それじゃ間違いないな。残念だったな、お宝」
知己が慰めると、
「いや、それはどうでもいいんだが」
と、丈太郎は本題に入った。
「どうも変なんだ」
自宅を訪ねてきた知己に、丈太郎は暗い顔で言った。
溜蔵が白い粉を掘り当てた後、体調不良で救急車を呼んだのだが、奥さんが、
「鼻血が止まらなくて、髪がごっそり抜けて」
そう説明したら、防護服を着た集団が駆けつけ、溜蔵を搬送したらしい。その後、奥さんも行方不明になった。
「相当、やばいな」
知己が真剣な声になる。
溜蔵が掘り出したのは、まさか。
丈太郎から依頼された放射線測定器を、知己は取り出した。
裏庭から溜蔵の敷地に向けてみると、けっこうな数値になり、二人は青ざめた。現物は運び去られたらしいが、それでもこの高さ。
「これ以上、関わらない方がいい」
知己は、ぽつりと呟いた。
「俺たちは、何も見聞きしなかった、いいな」
「うん」
丈太郎は不承不承、そう返事した。
「それにしても、なんで南米で埋められたお宝が、うちの裏庭に?」
丈太郎の疑問に、知己は腕組みして、
「チャイナ・シンドロームかも」
「なんだ、それ」
「地球の裏側から、ここまで届いたんだから、それしか考えられん」
知己が説明を始める。
「チャイナ・シンドローム」とは、「核燃料がメルトダウンして原子炉の外に漏れ出す状態」を意味する。
もしアメリカの原子力発電所がメルトダウンを起こしたら、融けた燃料が地面を溶かし、地球の中心を通り越して反対側の中国まで到達するのではないか、というブラックジョークだ。
そもそも、アメリカの裏側が中国というのも正しくない。
「なんだ、ジョークか」
「メルトダウンが地中を貫いていっても、核、つまり地球のど真ん中で止まるだろう」
知己が言うと、丈太郎も、
「アルミケースや白い粉が、超高温の核を通過できるわけないよな」
すると知己は、
「外殻を半周したのかも」
と、にやにやした。
知己は、地球をゆで卵に喩えた。
外殻が、ゆで卵の殻。我々が生きている地球の表面だ。
白身の部分がマントル。黄身に当たる核は二層に分れ、外核はドロドロに溶けているが、なぜか内核の方が温度が低い。
「どっちにしてもバカバカしい話だよ、チャイナ・シンドロームなんて」
「そうだよな」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
丈太郎たちの話はそこで終わったが、その後も、日本のあちこちに白い粉が現れた。工事現場、マンションの建設現場などから、戦時中の不発弾みたいに、ひょっこり顔を出す。
厄介な代物が増えていくのは間違いない。宝石と違って該当国に引き取りを打診しても、とぼけて受け取り拒否されるだけだった。
国家安全会議が、秘密裏に開かれた。
「だいぶ前の事例ですが」
真面目くさった顔で、出席者の一人が発言する。
「南米の某国で、核廃棄物が不法投棄され、うっかり触れた子供たちに被害が及んだという事件がありました」
畑や工事現場から出てきたブツは厳重管理され、国民に危害を及ぼす恐れは今のところはない。しかし、今後も頻繁に出てくるようであれば、国も管理しきれず、国民の安全を守ることが難しくなるかもしれない。
「なんで我が国に、こんなことが」
一同は頭を抱えた。
それでなくても、問題山積している。原子力発電所の使用済み燃料の最終処理施設をどうするか、受け入れ候補先さえ未だに決まっていない。
「困りましたねえ」を繰り返し、未来永劫、子孫たちにツケを回すことだけは避けなければ。
「このままでは我が国は、核廃棄物と使用済み核燃料であふれてしまいます」
それは到底、人が暮らせる環境ではないのだ。
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