ブラックホール活用法

チェシャ猫亭

前篇 ここ掘れワンワン

 裏の畑でポチが鳴いている。

「うるさいぞ、ポチ」

 朝っぱらからなんだ、近所迷惑な。

 かく言う丈太郎じょうたろうも、朝一番で掃除機をかけている。山岡やまおか家は大きな日本家屋で、敷地も広いので、苦情がくることはないが。

 丈太郎の天敵はロボット掃除機だ。偉そうに室内を走り回り、掃除終了後は元の位置に戻るなど、機械のくせにこざかしい。掃除とは人間が体を動かしてするものだ、と信じて疑わない丈太郎。七十二歳で先日、リタイアしたばかり、今は掃除が唯一の趣味だった。

 ちなみに娘は彼を「掃除機爺さん」と呼んでいる。


 とにかくポチを大人しくさせなくては。

 丈太郎は外に出た。

 スコップ持参の彼を見て、ポチがちぎれそうに尻尾を振る。

 花咲か爺さんのポチのDNAを受け継いでいるのかポチは穴掘りが大好きだが。今までビーチサンダルくらいしか出てこなかった。

「ん?」

 スコップは、すぐに固いものにぶち当たった、

 慎重に掘り進めると、

「おや?」

 銀色のものが目に入った。

 逆さになったキャスター付きのアルミ製スーツケースだ。

 なんで逆さ?

 開けにくいったらありゃしない。

 地表に上げるのも一苦労だった。

 開けてびっくり玉手箱、じゃなかった、宝の山。

 金銀パールに色とりどりの宝石類、丈太郎は腰を抜かした。

 ポチは得意げにワンワンと鳴く。

 持ち主が名乗り出なければ丈太郎のものになるが、なんだか薄気味悪い。

 お宝の一部は外国の新聞にくるまれていた。「ORA」しか読めなかった。

「おら」といえば、

「おら、しんのすけだあ」とか、「おら東京さ行ぐだ」。そのくらいしか思い浮かばない。

 とりあえず宝石類は警察に届けた。


 宝を掘り当てたという噂を聞きつけ、隣の欲深よくふか家の爺さんが、ポチを貸してくれと訪ねてきた。

 欲深溜蔵ためぞうに対して、丈太郎はあまり好感を抱いていない。とにかく欲が深くて何でも欲しがる。

「ロクなものを掘り当てないからってポチを苛めないでくれよ」

「わかってる」

 溜蔵は、すでに宝を掘り当てる夢想で頭がいっぱい、にやにやしながらポチのリードを引っ張り、欲深家の裏庭に向かった。

 すると、ポチがうーうーと唸る。やがて、ワンワンとけたたましく吠えたので、見つけたか、と掘り始める溜蔵。

 出てきたのは、何本もの円筒だ、何やら外国語が書かれている。

 白い粉がこぼれていて、お宝ではなさそうだ。

 まさか麻薬?

 触ってみたが、何なのか全く見当がつかない。金目のものでないことだけは確かだ。麻薬なら金になるだろうが、違法もいいところだし換金のすべがない。

 怒りがこみ上げ、

「このクソ犬!」

 溜蔵はスコップを振り上げたが、ポチはさっと身をかわし、丈太郎宅に逃げ帰った。



 数日後。

 しばらく会っていない従兄の大神知己おおがみちきが丈太郎の元にやってきた。六十七歳の今まで科学への関心が高く、現在はブラックホールに興味があるという。

 ようやく写真が撮れた程度で、あまり研究は進んでいないらしい。

「どこの銀河にも必ずひとつは存在するんだ。わが銀河系にもある」

「そうかい」

 丈太郎は全く興味がわかない。その黒い穴がなんだというのだ?

 ブラックホールについて、丈太郎が知っているのは、他には、どんなものでも吸い込んでしまう、ということだけだ。

「何でも吸い込むって、どうしてなんだ」

「重力だよ。地球の重力の千倍とか一万倍とか言われている」

 途方もない吸引力だ。ダ×ソンとかル×バは、到底太刀打ちできない。

「エネルギーも出しているらしい。なんとも魅力的な存在だよ」

 知己は嬉しそうに言うが、丈太郎にはイマイチ理解できなかった。

「なんでも吸い込むなんて危険じゃないか、地球まで吸い込まれたら」

 重太郎の言葉に、知己は大笑いして、

「だいじょうぶだよ。いちばん近いので、千光年も離れている」

「千光年?」

「光の速さで千年かかるってこと。よく言うだろう、今見ている星の光は千年前のものだ、とか」

 そういえば聞いた気がする。

 光の速度って、かなりだよな。

 一秒で地球を7回半回るんだっけ、その一年分?

「要するに、どのくらいの距離?」

 丈太郎が尋ねると、知己はあっさり答えた。

「一光年は10兆キロだ」

 頭がクラッとした。








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