第22話 貧乏人には金を、金持ちには誠意を 3
「それで、その小切手の話やけど、その時すぐ、メイン銀行の担当者を呼んで換金させて、西沢君の個人口座に入れてやったとお聞きしとるが・・・」
宇野氏の弁に、長崎氏がさらに答えた。
「ええ、その点については、あらかじめ取引先の銀行の方にも先方が連絡を取っておられて、契約がまとまり次第、すぐに小切手を切るから、直ちに来てくれと、そのような手はずを講じてくれていましたよ」
老園長が、感心しながら述べる。
「そうかな・・・。西沢君の御実家、世にもしっかりされておるのう・・・」
長崎氏が、そのときの感想を述べて返す。
「そうですね。現金を一切持たずして、金のやり取りがすべて、その日のうちに終ってしまいましてね、時間にして、数時間。半日とも言えない間のことでした。私ね、そのうち、こんな感じで現金のやり取りをしないことが当たり前の時代が来るのではないかと、そのときは、強烈に、思いましたよ」
ウエイターが来て、コーヒーのおかわりを、各人のカップに注いでくれた。
彼らは新しく注入された黒い液体を身体に流し込みつつ、話を続ける。
「そうじゃ、井元君」
話を切り出したのは、宇野スカウトだった。
「きみ、なぁ、貧乏人には現金を、金持ちには誠意を、というのを合言葉みたいにしてこの1年、スカウト稼業をやって来られたが、それはええとして、どうなら。今日わしらは、児童福祉施設におった子らの慰霊塔に参った。その子らに対しては、どうじゃろうか?」
「どうかと言われましても・・・」
「あの地に祀られた子どもたちに対して、君は、何をもって接するがよいと思う?」
井元青年、少し考え、珈琲を口にして、述べた。
「現金は、使えませんよね。あんなところに札束をお供えしてみても、仕方ないですよね。小切手なんて、とんでもない。では、誠意と言いますが、何に対しての誠意なのか。私には、ちょっと、その言葉にも違和感があります。そうですね・・・」
彼は少し間を置き、改めて今度はグラスの水を口に含んで、答えた。
「生きている者としての、誠実な思い。これしかありません」
老園長は、淡々とした表情を崩さず、カップを口から離して、頷いた。
「それは、井元君、どういうことなら? 誠意と、誠実な思い。その違いが、わしにはもう一つつかめん。ただ、あんたの言いたいことは、なんとなく、わからんこともないのじゃが・・・」
宇野スカウトの疑問に、井元氏が、何とか、答えを引出した。
あの地で祀られている子どもたちと、ひょっとすると、自分も同じような立場に置かれたかもしれません。その子たちに対して、私ら生きている大人たちができることというのは何か、考えてみました。
あの子たちに、現世の利益を与えてどうこうなんて、今さら、出来ません。
ですからせめて、あの子たちも生きたこの世界を、少しでも生きやすくしていけるよう、誠実な思いをもって、あの子たちに向き合うことが、私らのできる、唯一のことではないだろうかと、そのように、私は、思った次第です。
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