第19話 ホンモノの野球選手と、本物の国会議員
さて、網本町の墓地に到着して、わしらは、その慰霊塔の前に来た。
この日は、特に汚れていなかった。なんでも、数年前から管理人が常駐することになって、時折掃除をしてくださっているらしいとの、ことだった。
「それでは、井元君、そのかざぐるま、花立に挿してあげてくれるか」
園長先生に言われて、わしは、2本のかざぐるまを、花立にささげた。
「先生、少しお待ちください。今日は、私の現役時代の帽子を2つ、持ってまいりました。これを、ここにいる子どもたちに、捧げさせていただきたい。せめて、お参りしている間だけでも、この子たちに、見せてやりたいと思いまして・・・」
宇野さんが、そんなことをおっしゃるのね。
園長先生は、快諾されたよ。
「そうですか、宇野さん。それは素晴らしい。是非とも、その備え台に、あんたのおられた、阪神と南海の帽子、あの子らに、見せてやってくれるか。あの子らも、きっと喜ぶじゃろう。特に、あの二人は、野球、好きでしたからなぁ・・・」
ここで、長崎さんがふと、先生に尋ねられた。
「あの二人とは? 太郎君と三郎君ですよね?」
「そうじゃ。岡山生れの、岡山太郎君と、岡山三郎君じゃ。長崎君、哲郎からもあのとき聞かされたと思うが、あの子ら、うちにおってな・・・」
その話は、わしはもちろん、初耳じゃった。
「よつ葉園にいた子で、そんな、早死にと言ったらなんですけど、もう亡くなられた子が、いらっしゃるのです?」
思わず、わしは聞き直した。
森川先生は、黙って頷かれた。
宇野さんが、阪神と南海の、いささか古くなった帽子を、お供えの台にささげられたので、それからわしらは、園長先生を前にして、3人並んで、祈りをささげた。
そのとき、タクシーの運転手さんが、写真を撮ってくださった。
このおかげで、わしは、クビを免れたようなものよ(苦笑)。
まあそれは、半分冗談やが、その運転手さん、写真館もされていてね、その合間を見て、個人タクシーもされている人やったのが、良かったの。宇野さんもその方を御存知で、それで、手配していただいていたってわけ。
あ、そうか、わしの監視も、入っていたかもしれんな、その中には(苦笑)。
一通り墓参りを終えて、宇野さんは、阪神と南海の帽子を、交互に、慰霊塔に向かって、被って見せられた。
「おー! ホンモノの野球選手じゃぁ~!」
「すげーな!」
気のせいかもしれないけど、なんかね、そんな声が聞こえてきたような気がした。
あとで園長先生にお尋ねしたら、わしにも、聞こえたと、おっしゃっていた。
長崎さんには、また、別の声が聞こえてきたみたいだね。
「国会議員の人じゃ! 本物の人、初めて見た! かっこええなぁ~」
「蝶ネクタイじゃ! すげえ!」
長崎さんは、結んでいた蝶ネクタイを一度ほどいて、それから、慰霊塔に向かって、鏡なしで、元の通りに、きれいに結びなおして見せられた。
「なんで、わざわざ、そんなこと・・・」
長崎さんに、尋ねてみた。
「ここにいる子らに、見せてあげたくてね。ちょっとした、手品だよ、井元君、わかるかなぁ?」
こちらは、はぁ、としかか、言い返せなかったね(苦笑)。
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