第16話 歴史に埋もれし子らへ
「いやぁ、恐縮です。私自身は、確かに現役選手ではなくなりましたが、偉くなったわけでもありません。ただ、走り回って身体がえらいのは確かです(苦笑)」
わしは、園長先生に、そう申し上げるのが精いっぱいやった。
でも、「孤児」という言葉に、ふと、あの頃見たよつ葉園を、思い出したね。
井元君、先程は失礼した。何々、うちのような養護施設は、いわゆる「孤児」ばかりがいるわけでもない。親があっても、親元で育てられない子も、少なからずおってね、そういった子らの割合が、このところ、増えてきておるのじゃ。わし個人としては、こんな「孤児院」くずれの施設なんか、世の中になくて済むような世の中になって欲しいし、出来ることなら、今すぐにでも、したい。
とはいえ、そういうわけにもいかんわな。
ユニオンズさんも、確かに、長崎君からさんざん聞かされたが、あまりにひどい扱いであったことは確かじゃ。素人のわしでも、それはよくわかるぞ。
それに引き換え、今あんたのいる南海さんは、何だかんだで、ホームラン王も日本一投手もおる、最強球団のうちのひとつである。
とはいえとはいえ、それは、ぼちぼちやっておればそのうち出来上がったわけでは決して、ないわな。おたくの監督さんを筆頭に、先人の皆さんが努力してつくりあげて、今なお、さらに前へと進んでおられるからこそ、今の姿があるのではないかな。
聞けば、元新聞記者の方が、何じゃ、スコアラーとか何とかいう仕事に着かれて、チームに貢献されておいでとお聞きしておるけれども、これまでそんな仕事、野球の世界には、なかったろう。
まあ、野球をしてプロにまでなられた君なら、スコアブックぐらい読めようし、書けもしようが、それだけでは駄目な時代が、今、開かれようとしておるようじゃな。
わしは、君らとは世界が違うが、この児童福祉の仕事を、この世界を、一歩でもよくして進めていこうと、若い頃から、努力して参った。
その努力が今花開いているなどとは申さんが、仮に、花開いているとしても、それでは、これまで不遇な目に遭ってきた子どもたち、そして、さらに不幸の上塗りよろしくこの世を去ってしまった子どもたちに、これでよかっただろうと、いえるか?
どの面下げて、そんなことが、言えよう。
確かに、その子らのほとんどが、すさんだ世上に染まってすさんだ心でこの世を生きて、そして、死んでしもうた。
歴史の中にうずもれたまま、誰からも顧みられない。
じゃがせめて、わしだけでも、わしの周りにおられる方々にだけでも、そういう子らがいたことを知ってもらって、皆さんに、思うところがあるならそれを、人々に伝えてほしいと思って、わしは、かの慰霊塔に毎年、ことあるごとに参っておる。
そういうわけで、済まんが、今日は、付合っていただきたい。
そう言って、園長先生がわしに、頭を下げられた。
程なく、長崎さんたちが山上先生と一緒に、園長室に帰ってこられた。
「タクシーをご用意しました。先生、井元君、参りましょう」
「それでは皆さん、どうぞお気を付けて」
あの山上先生が、丁重に見送ってくださって、それで、わしらはその慰霊塔へとむかうことになった。
その途上、わしらは、街中にある駄菓子屋に寄ったのよ。
そう、西沢君が先程おっしゃっていた、春樹さんだっけ、その方がされていた店に寄ったのね。
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