冬空よまわせ緑のかざぐるま
第15話 球界の孤児から、最強球団のスカウトへ
あの日わしは、久々に岡山にきておってね。私立のK高校にMというすごい投手がいるという話で、そのチェックを兼ねておった。彼は結局、高校卒業の年にドラフトが始まったがゆえにうちは獲得できなんだが、せめて1年早ければ、下関商の池永ともどもうちが獲れとったかもしれんけど、まあ、しゃあないわ。
あの二人とも、黒い霧に巻き込まれてしもうて、気の毒やったな・・・。
ともあれ、その、実名は挙げないでも諸君は十分お判りの人物な、彼をチェックして、それで、その足で、久々に、よつ葉園に寄ったのよ。
よつ葉園について、まずは、風呂に入れてもらった。
あの日もなぜか、山上さんが番台におられたな。
まずは、宇野さんが二人分の風呂代を、色付けて支払ってくれた。
釣りも領収書もいらないって、ね。
それで、また風呂上がりに、あの頃と一緒で、牛乳をいただいた。
それだけやっても、なに、本来ならお釣りが出るほどのものだったからね。
風呂を上がって、園長室に赴いた。
そういえば、以前は木造の、失礼ながら「ぼろい」建物だけだったのが、なんだ、風呂以上にきれいな、出来立ての鉄筋の園舎が立っているじゃない。
わしが選手の頃は、ちょうど風呂ができて間もない頃だったみたいで、あの風呂の建物が異様に目を引いておったけど、今回は、さらに目を引く「御殿」と言ったら語弊もあるけど、そのくらい立派な建物が、敷地に立っているわけや。
その新築の建物の正面玄関に伺って、事務員の方に挨拶したら、すぐに、園長室に案内されたのね。そこにはすでに、先に到着していた長崎さんがおられて、園長先生と、何やら話されていた。
いやあ、長崎君、あの子らは、かわいいから、のう・・・。
そんな声が、園長室の外に漏れ聞こえていた。
宇野さんとわしは、園長室をノックして、入っていった。
長崎さんとも久々だったし、園長先生も、わしがユニオンズ解散のときに御挨拶した後以来の再会、ってことになる。あの日は、わし、近鉄へのトレードが決まってしまったから、そう長くご挨拶できなんだが、今度は、しっかりご挨拶できる。
まして、ここまで来ていないことがバレたら、ハゲチャビン社長からクビ宣告や。
とりあえず、これでクビはつながったかな、というのは半分冗談やが、やるべきことを半分は終えた心持で、いささか、ほっとしたよ。
「長崎さん、お久しぶりです」
「やあ、井元、いや、井元さん、衆議院議員の長崎弘です。ご無沙汰しております」
やたら丁寧にあいさつされて、それから、宇野さんが園長先生に挨拶された後、今度は、長崎さんと旧交を温められている間に、わしも、園長先生に御挨拶したのね。
「森川先生、ご無沙汰いたしております。この度、南海球団のスカウトに就任いたしました、井元四郎でございます。ユニオンズ在籍時代は、大変お世話になりました。今後しばしば岡山にも参るとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
なんとかかんとか、名刺を差し出して、慣れない挨拶をした。
わしは西沢君みたいに実家で客商売に慣れていたわけでないから、こういうマナーを覚えるのは、ちょっとばかり大変ではあった。だけどまあ、1年もやっているうちに何とか、慣れた矢先よ。
「おお、井元さんか、お久しぶりですな。立派になられて何よりじゃ。球界の孤児とか言われておった最弱球団から、今や、最強球団のスカウトさんか。よかったねぇ」
とか何とか言われて、恐縮することしきりやった。
宇野さんはというと、今度は、長崎さんと何やらお話されていた。
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