第12話 打倒の対象と目されても・・・

「しかし、何ですか、大宮君も、たいそうな人物と目されたものですね、森川先生。打倒の対象なんて、私なんか、誰かの目標にされた試しも、ないですよ・・・」

 長崎氏が、弟のノートに目を通しつつ、感心しながらつぶやくように述べた。

「いやあ、長崎さんともなれば、もはや打倒しようもないからそんな対象にされないだけでしょう。出る杭は打たれるというか叩かれますけど、その釘も出過ぎてしまえば、もはや、打ちようもないのでは?」

 大宮氏が、切り返した。そこを、同学年の西沢氏がフォローする。

「せやけど、東京いうところは人も多いしモノもなんだかんだであふれているし、刺激も多いし、打倒せないかん人なんか、いくらもいてるでしょ。特定の誰かを打倒してなんとかなる世界やないですわな。神戸も、岡山より街としての規模は大きいですから、そりゃ、人も多いし、競争相手も多い。しかも、あちこち、それこそ世界中から人、来はりますからね・・・」


 ここで、元よつ葉園児童の川上氏が、珈琲をすすって、一言。


 この大宮哲郎君は、嘱託医の先生の息子さんで、よつ葉園とも御縁のある人ですからね、出身者の子らも、皆知っているし、それだけ、親しまれていたところもあったと思いますよ。

 別に威張ったりもしないし、ごくごく普通に、よつ葉園にも遊びに来ていて、子どもらとも遊んでいたし、先生たちからも、特に森川先生や古京先生からも可愛がられていましたからね。

 確かに、よつ葉園の子らにとっての身近な目標としては、ありでしょう。

 私が生きている間に、よつ葉園からO大に合格できる子が出るかどうかはわかりませんが、ぼくなら、出るほうにかけたいですね。

 どうだ、哲郎君?


 話を振られた大宮青年、学生服のホックを改めて締め直し、少しコーヒーをすすって答えた。


 三郎の奴、しかし、選りにもよって、ぼくなんかを「打倒対象」に指名しよって、正直、かないませんよ。

 そんな対象にされても、ねぇ・・・(苦笑)。

 そうそう、おじさんのかねてのお話で、東北あたりのキリスト教系の養護施設で、国立大学は無理だったが東京の私立大学に合格して通っていた人がいるって聞いた。どうやらこちらは、先日亡くなった太郎君と同学年くらいになるらしいです。

 その人、大学を休学してストリップ座だったかで演じられる喜劇の脚本を書いたりしているらしくて、文才には恵まれているそうでね。とある週刊誌で、その人のことが紹介されていて、へえ、としか、もう、言いようがなかったね。

 とはいえ、その人のいた養護施設はキリスト教系ってことだから、教会がバックにいるでしょ、それで、学費なんかも見てもらえているというのがあって、そういうこともできているらしいですよ。

 よつ葉園は、そういう宗教のバックはないから、どうでしょう。

 ただ、地元の大学であれば、奨学金とか授業料免除なんかの手段を使えば、存外可能になるかもしれませんね。

 そうは言っても、それだけの地頭と学力を持った子が、このよつ葉園に来るかどうか、来たとしても、その子をきちんと導けるかどうかが、そのときは大きな問題になると思われます。

 そんな子であれば、間違いなく、批判精神も高いでしょうから、並の対応なんかしていたら、逆にねじ込まれかねませんね・・・。

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