第8話 ショートケーキの甘美なる香りの中で
「ちょっとええか、おにいさん」
珈琲を注ぎに来たウエイターに、老園長が声をかけた。
「わしらに、ひとつずつ、このショートケーキを頼めんかのう・・・」
老園長はメニューを開き、ショートケーキと書かれた部分を適示した。
「かしこまりました」
ウエイターはすぐにカウンターに戻り、別のウエイトレス2人に頼み、6人前のショートケーキを運ばせた。
「お待たせいたしました」
白い、生クリームのショートケーキ。上には、苺が添えられている。
6人すべての前にショートケーキがおかれ、ウエイトレスたちが一例をして去ったところを見計らい、老園長が、口を開いた。
これは、今日参ったあの子たちにお供えするために、頼んだのじゃ。
本来なら、西沢君の実家のケーキを供えてやりたいところではあるが、神戸までわざわざ買いに行って帰ってあそこまで行くのはさすがに時間も労力も、何より汽車賃もかかるし、あまりにも「合理的思考をする近代人」のすることとはかけ離れておるわなぁ。誰か、わしと長崎君の後ろで、そんな言葉を述べておったようじゃのう。どちらも、お若くして優秀な方々であるようじゃが、な(苦笑)。
まあそれはともかく、このケーキを、あの子たちに捧げてやって、それから、わしらがそのお供えのあまりを、いただくとしよう。
老園長と5人の若い男性は、それぞれの思いを胸に、ケーキの前に手を合わせた。
そのテーブル一帯を、沈黙が支配すること約1分。
老園長は、改めて、口を開いた。
「それでは、いただくとしよう」
彼らは一斉に、ケーキにフォークをつけた。
生クリームの甘美なる香りが、このテーブル一帯を柔らかに支配し始めた。
ケーキを食しつつ、珈琲を少しばかり口に含んだ老園長は、突如、学生服の若者に尋ねる。
「そうじゃ、哲郎。あの慰霊塔に、うちの子も、祭られておろうがな」
その慰霊塔に祭られているよつ葉園の元児童は、2人。戦災孤児の兄弟である。
その弟は、大宮哲郎青年の小学校の同級生でもあった。
「おじさん、あの兄弟でしょ。岡山太郎君と三郎君。どっちも、ついこの前、不幸にして命を落とす羽目になってしまったね・・・」
「そうじゃ・・・。しかも、ほぼ同日。太郎は、まあ、やんちゃでしてな、手のかかるやっちゃった。三郎も、それに似たのか、もう一つ、なぁ・・・。なにも哲郎ほど勉強せえとは言わんし、まして長崎君のようにえらくなれとか言えたような子らではなかったが、それにしても、なぁ・・・。あれはですな、今年も今年、ユニオンズの皆さんが来られて、キャンプを始められた日の、ことじゃった。よかったら皆さん、わしの愚痴に付合って下さらんかな・・・」
森川園長は、その二人のことを、話し始めた。
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