第4話 そのかざぐるまを、供えてくれんかの。
「おかやまけんじどうふくししせつくようとう。そのように、書かれております」
ぼくは、そこで周りの人たちに述べた。
園長先生が、ここでやっと、種を明かしてくださった。
そのとおり。ここはな、君が今読んだ文字の通り、この岡山県における児童福祉施設に縁あってきた子どもらのうちの、されどこの世にご縁なくなってあの世へ旅立ってしまった子らの御霊(みたま)を、供養するための場所なのじゃ。
実は先日、お宅の球団の川崎龍二郎オーナーさんからお手紙をいただいた。
ひとつは、キャンプ時の風呂の御礼が丁重に書かれておったぞ。
それからもうひとつ。
これは長崎君と西沢君、特に西沢君に対しての御要望でな、岡山県にはそのような施設で不幸にも亡くなってしまった子どもらを祭っておる場所があると、川崎さんは岡山の関係者からお聞きしたそうで、それなら、今岡山で残務整理をしている諸君にぜひ、その地に行かせてやってくれと、そういう要請があった。
そこでわしは、お二人には特にこの地にお越しいただいて、後学の助としていただきたいと思ってな、申し訳ないが、お連れした次第じゃ。
ちなみにこの川上正喜君は、創立時の園児で、学校を出て自動車屋に就職して、それで若くして、自分の店を持つに至った者じゃ。
それで、彼と大宮哲郎君のお二人にも、この際、立合っていただくことにした。
いやに辛気臭いものを見せられてと、思われるかもしれん。
じゃが、西沢君も長崎君も、よぉ、考えて見られぇ。
ひょっと君たちも、一歩間違えていれば、わがよつ葉園のような養護施設、一昔前の孤児院じゃな、そういうところで幼少期を送って、さらには社会でも恵まれないまま、若くして命を落としていたやも、しれんのじゃ。
そう思えば、君たちは、特に西沢君は、好きな野球にわずか1年とはいえ「職業」として勤めることができた。
神戸に帰れば、あんな立派な店が、自分のうちとして、ある。
そして君は、いずれそこのあるじとして、生きていかねばならん。
ここに眠る子どもらからみれば、西沢君の野球人生が終わってどうしようかなどというのは、ぜいたくな悩みにしか、見えんじゃろなぁ。
こんなことを言われて、さすがのぼくも、はっとしたよ。
そんなとき、哲郎が園長先生をたしなめてくれた。
「おじさん、もういいでしょう。そんなことを述べるためにここに来たわけでもないし、そんな説教ごかしをはたで延々聞かされても、子どもたちだって、喜ばないよ」
園長先生は、ゆっくりと頷いて、こんなことを言われたの。
「そうじゃな。わしは長崎君や西沢君に偉そうに説教をするために、ここに連れてきたのではない。哲郎君の御指摘は、ごもっともである。そこで、じゃ。川上君、そのかざぐるまを、哲郎と西沢君に渡してあげてくれるか」
川上さんがぼくと哲郎に、あのかざぐるまをそれぞれ手渡してくれたのね。
そうすると、園長先生が、こんなことをおっしゃった。
その「かざぐるま」は、ここに眠る子らぁへの、手向けの「花」。
ここに眠っているのは、犬養毅さんや平沼騏一郎さんのような大政治家でも、熊沢蕃山さんや山田方谷さんや作州津山の洋学者方のようなご立派な方々でも、ない。
この世に生まれてきたものの、不幸にも早くしてこの世を去った、じゃが確かに、この街に生まれ育った、薄幸の、名もなき子どもたちの、御霊である。
そんな子らに、西沢君が先程からかねて言っておられたような「植物」たる花を、それも上等なのを、これ見よがしに手向ければいいというものでもなかろうがなぁ。そんなことに使う金は、わしに言わせりゃ、死に金じゃ。
花たちの命まで奪ってすることでは、ない。
じゃから、わしは、子どもたちのために、あえて、2輪のかざぐるまを用意した。
決して、花代を「ケチる」つもりでは、ないぞ。
それから、もうひとつ。薄桃色にしたのにも、理由は、ちゃんとある。
数か月前、神戸に用事があって出向いた折、折角の機会でもあるので、西沢君の実家の喫茶に伺って、苺の色を生クリームに入れたケーキをいただいた。
そのケーキが、あのお店の、一番の売りのケーキだそうではないか。
そのケーキと同じ色のかざぐるまを、わしは、手配したのじゃ。
そこまで言われたら、もう、こちらは何も言えないですよ。
森川先生が、ぼくらに、指示を出された。
先生の目とご表情は、厳しいかと思ったが、そうでもなかった。
話が長くなってすまんな。じゃあ、手向けるとするか。
哲郎は左の、西沢君は右の花立に、そのかざぐるまを、供えてくれんかの。
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