第2話 青年よ、かざぐるまを持て。
時は、2018年2月のある日曜日の昼下がり。
岡山市内の、大宮哲郎氏宅である。
西沢茂氏は、ユニオンズ選手時代に知り合った大宮哲郎氏を訪ね、神戸の実家から岡山まで来ている。そこには、大宮氏の息子夫婦のさらに後輩であり、養護施設よつ葉園に在園していたことのある米河清治氏、そしてさらに、元ユニオンズ選手で後にプロ野球球団のスカウトも務めた井元四郎氏がいる。
ただこれは、米河氏が取材をしている形になっているため、というより、この中で明らかに年少であり、彼には当時の状況がわからないことを前提としているため、年配者各位が米河氏に対してかつての話をそれぞれ披露する形をとっている次第。
西沢氏の話は、さらに続く。
それでな、その出店の前に、森川先生が立ち止まられたのね。
どうやら、森川先生も哲郎も知っている人のようだった。
ぼくと同じ年で、テキヤの店番をやっていた、春樹君に会ったのね。
で、森川先生が、彼に、言うわけ。
「なあ、春樹、済まんが、かざぐるまを2輪、分けてくれるか?」
そう言って、目の前にあったかざぐるまを見定めて、薄桃色と白の交互に色塗られたのを、2本、手に取られた。
「先生、そのおふたつですね、どうぞ・・・」
2つで50円もするはずもないと思っていたら、先生がおっしゃるには、こうよ。
「そうか・・・。50円出す。釣りは、いらん」
「ありがとうございます。先生、いつもこちらに?」
「ああ、ほぼ毎年、な。おまえさんも知っておる人の墓があってな」
「そうですか・・・。では、どうぞ皆さん、お気をつけて」
かざぐるまを手に取った先生は、なぜか、ぼくと哲郎を呼び寄せたのね。
「西沢君と哲郎、済まんが、1本ずつ、持ってくれるか?」
そんなのは、お安い御用や。
わかりました、って、受取った。哲郎もね。
すると、森川先生は、ちょっと洒落たことを言われて、ニッコリした。
「青年よ、かざぐるまを持て」
吹き出しそうになったが、先生のお顔をみると、目が、まったく笑ってないのね。
とりあえず、言われた通り、ぼくらは、かざぐるまを、持った。
その後、目的の墓というか、慰霊塔やったのやが、そこまで数分、歩いていった。
森川先生はその間、長崎さんと話しておられた。
何を言っているのかはわからなかったが、とにかく、たびたび聞こえる言葉が、妙に印象に残っておるのや、今の未だに、ね。
「かわいいから、のう・・・、可愛いンじゃよ、な。長崎君・・・」
長崎さんは、はあ、といった感じで相槌を打っておられたが、どうも、その言葉が引っかかって、一緒にいた哲郎に、聞いてみたのよ。
かざぐるまを持って、時に、回してみたり、息を吹きかけてみたり、しながらね。
「園長先生、お孫さんでも、いてはるの?」
「いるよ。子どもさんがおられないものだから、3年前に、知合いの息子さん夫婦を養子にして、森川家を継いでもらうことにしたの。どちらも、基本的にはおじさんの息子でも娘でもないが、強いて言えば、娘さんが少し遠縁になるらしい。で、2年前に男の子が生まれてね、それはそれはもう、おじさんは目に入れても痛くないほど、可愛がっているときたもんじゃ」
「さよか・・・。でも何で、行きがけの駄賃でかざぐるまなんか買わはったんや? お孫さんのお土産やったら、帰りでも、ええ思うねんけどな・・・」
普段は抑えている関西弁が出てもうたわ(苦笑)、あのときは、思わずも。
「こんなことをおじさんがされるのは、見たことない。実は、初めてじゃけえの、何の意図でかざぐるまを買われて、わしらに持たせているのか、さっぱり、わからんのじゃ。そりゃあ、茂の言う通り、お孫さんへの土産なら、帰りに買うというのが、合理的な行動であることは、認めるけど、なぁ・・・」
「哲郎がO大のかれこれの講義でかねて習っているとかいう、「近代人」の典型とやらの話やない、それ。オレも、そう言われてみれば、なんか、合理的な思考で先生のこの行動を理解できないところがあるのは、わかるで」
そんなことを言っているうちに、目的地の慰霊塔が見えてきた。
森川先生は、長崎さんに、また、おっしゃっていたね。
「いやあ、長崎君、あの子らは、ホンマに、かわいいから、のう・・・」
先生の「あの子「ら」」って言葉に、少し引っかかったけど、ぼくと哲郎は、そのまま、お二人の後をついて、慰霊塔の前に来たのよ。
先生方より数歩遅れて、ね。
少し遅れて、川上さんも来られた。なぜか、カメラをお持ちだった。
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