第1話 夢⑤

「何?」


 突如、サクラの懐が光りだす。

 どうやら、懐に入れていた短剣が輝きを放っているようだ。

 同時に離れているところにいるメニシアも輝いていることに気付く。


「どうなっているのですか?」


 アビルも同じく光に気付く。


「まぁ、関係のない話ですがね!」


 光っていようが何であろうが、今のアビルには関係ない。

 引き続きサクラを攻撃し続ける。

 サクラも手を休めることはなかった。

 しかし、直感とでも言うのだろうか。


(短剣をメニシアに渡せ)


 そう直感が叫んでいる。

 現状、アビルとの戦闘をサクラ単独で乗り切る術が無い訳ではない。

 しかし、激しい攻撃の雨が、サクラにそのチャンスを与えない。

 だからこそ、サクラはこの直感を信じてみることにした。

 サクラは左手をかざす。


「燃えろ」


 そう呟くと、手のひらに魔法陣が現れ、そこからいくつかの火球がアビルの方へ放たれる。


「それは、魔法か!?」


 予想外のことだったのか、アビルは完全に避けることが出来ず、火球を受けてしまう。


「メニシアァァァ!」


 サクラは懐から輝く短剣を、メニシアのいる方を目掛けて投げる。

 サクラの声に反応したメニシアは、飛んできた短剣をキャッチした。

 すると、キャッチした短剣とメニシアの放つ輝きがより強くなった。

 同時に、メニシアに様々な記憶が流れ込んできた。

 なかには、短剣を構え、戦うメニシアの記憶もあった。

 当然だが、メニシアは今までサクラとアビルのような戦いをしたことがない。

 そもそも短剣自体使用したことがない。

 この短剣は、メニシアの祖父の形見だ。

 流れ込んできた記憶は、祖父のものかと思ったが、父から聞いていた若い頃の祖父とは印象がかけ離れている。

 そして、次第に輝きが収束していった。


「……何だろう、最初から戦い方を、これの使い方を知っていたような、そんな感じがする」


 短剣の影響なのかどうかはわからない。

 つい先ほどまで戦いというものを経験したことがなかったのにもかかわらず、今では初めから大剣の使い方や、戦いそのものを知っている。

 メニシア自身よくわかっていないが、これをチャンスだと捉える。


「これなら、サクラさんを助けることが出来ます!」




(光が収まった……あの時みたいに)


 メニシアのあの光には見覚えがあった。

 十年前のあの日に。

 だが、今はあの時の事を思い出す余裕はない。


「先程のあなたの魔法と言い、謎の光と言い、本当に不思議なことが起きる一日ですね……まぁ、人のことは言えませんが」


 サクラの放った火球……魔法を受け、アビルはボロボロの状態になっている。

 ダメージこそあるだろうが、それでも平然と動けるようだ。


「それにしても魔法ですか……あの方以外に魔法を使えるとは思いませんでしたが」

「あのお方?」

「えぇ、ですが、もう直ぐこの世を去るあなたには関係のないことですがね」


 言い終えた直後、アビルは攻撃を仕掛けてくる。

 さくらも聖剣を構え直し迎え撃つ。

 すると、アビルの動きが急に止まった。


「……っ、なん、ですか」


 苦しみながらそのまま膝から崩れ落ちた。

 アビルの先には、メニシアがいた。

 何かを投げたような構えの状態だったが、何を投げたのかはすぐにわかった。

 苦しむアビルの背には、先程メニシアに投げた短剣が刺さっている。

 しかし、その短剣は徐々に消えていった。

 よく見ると、その短剣はメニシアの方に戻っていた。

 この状況をサクラは勝機だと思った。

 その瞬間――。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」


 苦しんでいたはずのアビルが、突如雄叫びのような声を挙げた。

 嫌な予感がしたサクラは、すぐさまメニシアのいる方へ向かう。

 しばらくすると、声が止む。

 すると、アビル……いや、アビルだった者・・・・・・・がサクラたちのいる方を見つめる。

 しばしの沈黙の後、その者が口を開く。


「オヌシラカ、ヨノフウインヲトイタノハ」


 その声を聞いた瞬間、メニシアは恐怖を感じた。

 サクラは動じていないようだ。


「封印を解いたのは、あなたの今の体の主だ」

「ソウデ、アルカ……ハッ!」


 アビルの体一瞬だけ膨張したが、すぐに元に戻った。


「コノカラダノ、ヌシトヤラノタマシイヲ、カンゼンニ、ショウメツサセタ」


 その言葉を聞いてメニシアだけでなく、サクラも冷汗をかいた。


「ソウ、コワガルデナイ、オヌシラモ、オナジミチヲタドルノダカラ」


 言い終えると、ゆっくりとサクラたちに近づいて来る。

 サクラたちは、各々の武器を構える。


「ワレノナハ、マキョウ魔鏡。スベテノマヲウツシダスモノ」


 悪魔の名は魔鏡。

 その名の通り、すべての魔を映しだし、反射する。

 魔鏡がその昔に厄災をもたらしたのは、この能力によるところもある。

 あくまで魔鏡の能力は、魔法や魔術といった魔の付くすべてのものに有効だ。


「サクラさん」

「なに?」

「言い伝えの通りでしたら、魔鏡には先程サクラさんが使っていた魔法? は使えません」

「別に、好きで使った訳ではないけど……だったらなんでアビルの時は効いたの?」


 まだアビルが主導権を握っていた時、サクラの放った魔法は確かに効いていた。


「わかりませんが、魔鏡が眠っていたというのと、あとはサクラさんが今持っているその剣が関係しているのかもしれません」


 サクラが今手にしている聖剣を指して言った。


「聖剣が?」

「聖剣って、勇者が使用していたとされるあの聖剣ですか?」

「うん」


 サクラが使用しているのは、メニシアの言う通り、勇者が過去に使用していた聖剣である。

 聖剣は、世界に一本しかない。


「どうしてサクラさんが……と言いたいところですが、多分聞かない方が良いですよね」

「……」

「ともかく、サクラさんの聖剣と私の短剣が、現時点で魔鏡を倒せる唯一の手段です」

「その短剣は……」

「はい、この短剣は魔鏡が厄災をもたらしていた時代のもので、魔鏡を封印するに至った道具の一つです」


 メニシアはサクラの横に行く。


「そしてこの短剣の特徴は、魔を滅すること。悪魔にとって最大級の毒となります……と言っても、私も先程知ったのですが」


 メニシアが知ったのは、短剣の使い方だけではなく、短剣の使われてきた過去についてもだ。

 その情報をサクラにも伝えた。

 サクラが一番魔鏡を倒せる可能性があるからだ。


「アビルが苦しみだしたのは……」

「あの方は、魔鏡を取り込んだときに短剣が背に刺さりました。その段階では体が悪魔化していたのでしょう。もしそうなら、短剣の能力が発動したことになります……そして」


 言いかけたタイミングで、それは起きた。


「ナ、ニ?」


 魔鏡が、アビルと同じように苦しみだした。


「悪魔にとっての毒……その効果は今も続いています」


 メニシアは短剣を構える。


「サクラさん、今がチャンスです! 私が援護しますので、魔鏡に止めを刺してください!」

「わかった」


 サクラは、聖剣を即座に構え、そのまま魔鏡を切りにかかる。


「ナ、メルナァァァ!」


 苦しむ魔鏡は、自身最大級の魔法をサクラたちに放つ。

 その魔法は、辺り一帯を……いや、最悪エリアスの町を消滅しかねない威力を持つ。

 魔法を放ったのと同時に、メニシアが構えていた短剣を、魔法に目掛けて投げる。


「多重!」


 すると、メニシアの投げた短剣が、複数とその数を増やす。


「カズヲフヤシタトコロデムイミ……ダ?」


 魔鏡には信じられない光景だった。

 何故なら、自身最大級の魔法が、目の前で消滅したからだ。

 短剣の能力は魔を滅すること。それは魔の付く魔法も例外ではない。

 魔法が消滅したのと同時に、魔鏡の目の前には、光り輝く聖剣を振りかざそうとするサクラがそこにいた。


 「ヤメ――」


 無情にも魔鏡は、サクラの聖剣により深く切り込まれる。




 サクラの聖剣は、メニシアの短剣同様に魔に対する能力がある。

 魔鏡がその昔に滅びずに封印で止まっていたのは、魔鏡が悪魔という上位存在だからだ。

 短剣の現段階の能力だと、悪魔のような上位存在を完全に滅することは出来ない。

 逆に聖剣は、悪魔のさらに上位である魔王をも倒せるほどの力を持つ。

 しかし、魔王を倒すほどの力を引き出すには、サクラは未熟だ。

 悪魔を倒すのでやっとというところだ。

 サクラの一撃により倒れ込む魔鏡。

 その体は、禍々しい光の粒子となり消滅しようとしている。


「ワレガ、タダノ、ヒト、ゴトキニ……イヤ、ソコノムスメハ、マジリシ、モノ・・・・・・・、カ」


 言い終えた瞬間、魔鏡という存在は完全に消滅した。


「……」


 サクラは何も語らない。

 魔鏡の最期の一言にただ、静かに殺意が湧いた……それだけだった。


「サクラさーん!」


 メニシアに呼ばれた。

 その腕には、クオンが抱えられていた。

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