第1話 夢④

 前日の夜。

 エリアスのとある酒場にて――。


「クソッ、何だよあの娘はよ!」

「……(ビールを飲む)」


 サクラに退けられた巨漢二人がいた。

 荒々しい巨漢の方は、周りにお構いなしに叫び散らす。

 落ち着いている方の巨漢は、相方を気にすることなく大きいジョッキに注がれたビールを飲む。


「……確かに、色々と狂ったな」


 ジョッキをテーブルに置き、冷静に答える落ち着いた方の巨漢。


「ぶっ殺さねぇと気が済まねぇぜ!」


 荒々しい巨漢は、怒りが収まるどころか、段々とヒートアップしていく。

 そんな時だ。


「お二人さん、少し良いかな」


 巨漢二人は、声のする方を向く。


「おめぇは!」


 そこにいたのは、数時間前に二人が脅していたヒョロヒョロな男性だった。


「まぁまぁ、そんなにカリカリなさんな。二人には是非見てほしいものがあるのですよ」


 そう言って男性は、ポケットに手を入れる。


「見てほしいものだと?」


 落ち着いた巨漢が首をかしげる。

 男性は、ポケットから手のひらサイズの円形の鏡のような何かを取り出した。


「眠れ」


 そう言うと、鏡のような何かに顔のような模様がが浮かび上がり、そして光りだした。

 巨漢二人は、そこで意識が途切れた。




 サクラとの待ち合わせ時間の三十分前。

 メニシアは、待ち合わせ場所であるサクラの泊まる宿に向かっている。

 天気は快晴。風も無く、心地良い暖かさ。


「天気も良いし、やっぱり朝は気持ちが良い」


 メニシアは、天気が良い日は必ずと言っていいほど散歩をする。

 この日課のおかげか、色々な人と知り合えた。

 なかには朝食をご馳走してくれる人もいた。

 最初こそ遠慮していたが、朝食を共にすることによって、より仲良くなっていった。

 今日も色々な人に話しかけられた。

 そう、色々な人に……。


「おい」


 後ろから声がした。

 振り向くと、メニシアは驚いた。


「あなたたちは……」


 そこにいたのは、昨日の巨漢二人だった。

 ただし、昨日と違って覇気が全く感じられない。

 ……というより、生気そのものが感じられない。

 まるで人形のようだ。

 時間にして十秒も経っていない。

 しかし、そのようなことを思っていたのが間違えだったのかもしれないとメニシアは後に考える。

 その間に、昨日メニシアに殴りかかってきた巨漢が、何のためらいもなくメニシアの腹部に強烈な一撃を与える。

 流石にメニシアもこれを避けることが出来ず、そのまま意識を失う。

 意識を失う寸前、メニシアの視界には、巨漢二人以外にも、その二人の後ろにいたもう一人の人物も映っていた。




 どこかに向かって走るクオンを追いかける。

 クオンは、スピードを落とさずに、二階建ての建物に入る。

 サクラも続くが、中に入るとクオンの姿を見失う。

 建物に入ると、そこはいくつかの扉と中央に階段がある広間だった。

 多分集合住宅なのだとサクラは思った。

 階段の先も、一階の広間のような作りなのだろうか。

 その二階から、クオンの鳴き声が聞こえてきた。

 すぐに二階に上がり、クオンの鳴き声がした部屋に入る。

 

 部屋にはクオンがいた。

 机の写真を見ながら。

 サクラも写真を見る。

 写っているのは、幼いメニシアとメニシアの両親らしき人たち。

 どうやらここは、メニシアが住む家のようだ。

 何故クオンがメニシアの家を知っているのかと思ったが、メニシアの匂いを覚えていたのだろう。

 ただし、何故来たのかはわからない。

 するとクオンが、何かを指し、サクラを呼ぶようにして鳴く。

 クオンが指していたのは、壁に掛けられていた短剣だった。

 サクラは、この短剣がどうしたのか、正直よくわかっていなかった。

 ただ、メニシアと初めて会った時のように、鳴き続ける。

 どうしたものかと考えたが、サクラは壁に掛けられている短剣を拝借する。

 短剣を懐にしまうと、クオンがまた走り出した。


「ちょっと、クオン!」


 クオンを追いかけ、建物を飛び出す。

 どうやら町の入り口の方に向かって走って行ったようだ。

 街の入り口に着くと、サクラは走りっぱなしで体力が尽きて、その場で立ち止まる。

 それに気が付いたクオンは、既に町の外に出ていたが、サクラのいる場所に戻ってきた。

 クオンは、心配そうにサクラを見る。


「はぁ、はぁ……大丈夫だよ、クオン」


 深呼吸をして呼吸を整える。

 ある程度は落ち着くことが出来た。

 サクラは、クオンの顔に近づくようにしゃがみ込む。


「どうしたの、急に走り出して」

「ニャ―!」


 森の方角を指し、何かを訴えるようにして鳴く。


「……もしかして、メニシアがいるの?」


 サクラの問いかけに対して肯定するように鳴く。

 そして、先程からクオンはどことなく警戒しているように見えた。

 クオンが少しでも警戒するということは、嫌な何かがあるということ。

 サクラも警戒心を高める。


「……行こうか、クオン」


 クオンに導かれる形で、サクラはエリアスの森に入る。




 エリアスの森の中央には祭壇がある。

 その祭壇は、大昔に周り一体を滅茶苦茶にした悪魔が封印されているなどと言われている。

 祭壇の上には、意識を失うメニシアが横になっていた。

 その近くには、メニシアを襲った巨漢二人がいた。

 まるでメニシアと祭壇を守るようにして……。


「さぁ、儀式を始めようか」


 巨漢二人の後ろにいるローブを纏った人物が言った。

 それと同時に、片方の巨漢が苦しむように叫ぶ。


「!?」


 ローブの人物が振り返ると、巨漢の一人が右腕から血を流しながら膝を地につける。


「何ご――」


 そう言いかけた瞬間、ローブの人物の横をものすごいスピードで横切った。

 祭壇の方を見ると、そこには何も無かった。


「なっ!?」


 そして、再度巨漢たちのいる方を見ると、メニシアを抱えた一人の少女がいた。

 少女はメニシアを地面の上に寝かせる。

 少女は立ち上がると、もう一人の巨漢が少女に襲い掛かる。

 刹那――巨漢は倒れた。


「キ、キミは……」

「……あなたは、昨日の」


 少女……サクラはローブを纏った人物を見たことがあった。

 昨日、メニシアが助けようとしていたヒョロヒョロな男性その人だった。

 と言っても、見たのは一瞬だ。

 あの時、サクラが現れた瞬間にその場を逃げるようにして去ったからだ。

 メニシアには見ていないと言ったが、一瞬だったので実際見ていないようなものだろう。


「やはり、あの時野放しにしなければよかったですかね……あなたが私の計画の障害になり得ると考えました……まぁ、実際にそうなりましたが」

「その計画にメニシアが関係していると?」

「いえ、誰でも良かったのですよ。最初はそこで寝ている男どもにしようかと考えましたが、そちらの少年は素晴らしい素材でしたので、ヒャッヒャッヒャ」


 狂気じみた笑い声が森に響き渡る。

 しかし、その笑い声もすぐに止む。


「は?」


 男性は背中に違和感を覚える。

 その違和感は、次第に痛みへと変わり、背中から血しぶきが舞う。


「は? 何故あなたがそこにいるのですか?」


 後ろには、先程まで目の前にいたはずのサクラが、刀を持って立っていた。

 その表情には、殺気以外の感情が感じられない。

 気が付くと、サクラは目の前にいた。

 そして刀を振りかざす――瞬間。


「殺してはいけません!」


 刀を直前で止めた。

 サクラは、声のすると法を見ると、膝立ち状態とは言え、メニシアが意識を取り戻していた。


「やれやれ、甘いですね」


 突如男性の体が光りだす。

 同時に衝撃波が発生し、サクラを祭壇の方へと吹き飛ばす。


「クッ」


 不意打ち気味ではあったが、受け身を取ることが出来た。

 即座に男性に切り込もうとするが、男性は受け流すようにして避けて、サクラの腕を掴み、メニシアのいる方へと投げ飛ばす。

 メニシアは、投げ飛ばされたサクラを受け止めるが、その反動で少し後ろに下がった。


「本当に、計画が狂いに狂いましたが……私に宿せば・・・・・良いだけの話でした」


 そう言って男性は、祭壇に上がる。

 そして、空に手をかざし、短剣を召喚する。

 召喚した短剣を、迷いなく自身の腹部に刺す。

 腹部から血が流れ落ち、流れ落ちた血をトリガーにして、祭壇は禍々しく輝きだした。


「……ねぇ、なんなの、あれ」


 サクラは、メニシアに尋ねる。


「……悪魔」

「悪魔?」

「エリアスの森には、大昔に厄災をもたらした悪魔が封印されていると言われています。でもそれは子どもを森に立ち入らせないように作られたお話だと思っていたのですが……」

「現にいた訳だ、その悪魔が」

「はい」


 輝いている祭壇からシルエットが映し出された。

 そして、そのシルエットはすぐに姿を現した。

 その姿は悪魔そのもの。

 しかし、出てきた直後に苦しみだした。

 苦しみだした悪魔は、再度光に包まれ、ローブの男性の腹部に吸収されていく。


「まさか、悪魔を取り込んでいるのですか!?」


 悪魔を取り込んだ男性も苦しむが、それはすぐに治まった。

 次の瞬間、男性が猛スピードで突っ込み、攻撃をする。

 サクラは刀を構え、防御の体制を取るが、男性の攻撃の威力は凄まじく、押し切られたサクラは、吹き飛ばされる。


「サクラさん!」


 メニシアも例外ではなく、次にメニシアも攻撃を受けて、サクラと同じ方向へ吹き飛ばされ、気を失う。


「本当に私は馬鹿でした」


 男性は嘲笑いながら言う。


「最初からこうしておけば良かった。何を面倒臭いことをしていたのでしょう。心地良い……心地良い!」


 男性の体から無数の光弾が放たれる。

 そして、一帯が荒れ地と化す。


「改めて名乗りましょう。私の名はアビル、『冥府の誘いめいふのいざない』の一人でございます」


 ローブの男性アビルが名乗ると、木に寄り掛かるようにして気を失っているサクラが反応した……ように見えた。


「まぁ、名乗ったところで、あなた方はここで死ぬので関係ありませんが」


 アビルの背中から禍々しい翼が生えてきた。

 それと同時に生えてきた翼の片翼が切り落とされた。


「なっ!?」


 何事かよくわかっていない様子のアビル。

 その後ろには、アビルの攻撃で吹き飛ばされて気を失っていたはずのサクラがそこにいた。

 サクラが手にしているのは、先程まで使用していた刀ではなく、背中に掛けていた大剣だ。


「何故だ! しばらくは動けないはずだ!」


 動揺を隠せないアビル。

 そんなことはお構いなしにサクラはアビルに切りかかる。

 しかし、片翼を切り落とされたとはいえ、悪魔をその身に宿したアビルにとっては関係のない話だ。

 刀から大剣に変えてからのサクラは、先程と比べ物にならない程強くなっている。

 それでも、アビルの攻撃によるダメージが影響しているのか、アビルが未だ優勢を保っている。




 激しい攻防を繰り広げる二人を、アビルに吹き飛ばされた位置から見守るメニシアとクオン。


「女の子……それも年下の子がこんなにも頑張っているのに私は」


 メニシアは、他よりも正義感が強い少年だ。

 正義感が強いのであって、それがイコール戦いも強いという訳ではない。

 この場においてメニシアは、はっきり言って無力だ。

 無力さに苛まれるメニシアの肩に乗りかかるクオン。


「どうしました、クオン?」

「ニャ―!」


 クオンが鳴くと、その体は一瞬だけ輝いた。


「へ?」


 クオンの体が一瞬だけ輝いた直後に、今度はメニシアの体が強く輝きだす。

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