第1話 夢③
場所は変わってとある食堂……と言っても、サクラが宿泊する宿の前の食堂だ。
「改めまして、私はメニシアです。この町で暮らしています」
テーブル席でメニシアと着物の少女は、向かい合って座っている。
クオンは、少女の膝の上で寝ている。
「サクラ。この子はクオン。一応、旅人」
少女……サクラも簡潔に自己紹介をする。
「旅人か~、この町にはどのような用で?」
「特に何も。たまたま通りかかっただけ。久しぶりに屋根の下で寝たかったのもあるけど」
「ということは、明日旅立ってしまうのですか?」
「いや、明日はまだいる。せっかく休めるし。多分明後日もいると思う」
サクラが言い終えたタイミングで料理が運ばれてきた。
運ばれてきた料理は、この食堂の名物である豚肉の生姜焼き定食だ。
この料理は、店主が昔に立ち寄った国で食べたものらしく、あまりにも美味しかったので、エリアスに帰国後、その国で食べた豚の生姜焼きを真似て食堂で提供している。
そして、店主の想像以上に大人気になってしまい現在に至る。
「……」
運ばれてきた生姜焼き定食を見るなり、サクラは黙り込む。
「どうしました? もしかして苦手なものとか入っていましたか?」
メニシアは、自分がサクラの好き嫌いを確認せずに注文してしまったので、後悔と不安な気持ちになっている。
「いや、ここまで美味しそうなもの、初めて見たから」
どうやら好き嫌いということではなかった。
メニシアは安堵する。
「あれ? 初めてということは、今までどのようなものを食べてきたのですか?」
「食べられるのならそれで良かった。だから適当に選んで食べてた」
「……栄養が偏ってそうですね」
実際にサクラの食生活は偏っている。
腹を満たせればそれで良いという考えなので、サクラは栄養に関しては完全に度外視している。
「ダメですよ、栄養面に気を付けないと。最悪早いうちに死んでしまう可能性もあるんですよ」
「そ……善処する」
(する気、ないだろうなぁ)
サクラの「善処する」というのを聞いて心配になる。
それから二人は、黙々と食べ進めていく。
クオンも猫用の何かを食べていた。何かは知らないが。
黙々と食べていたので、時間を掛けずに食べ終えた。
メニシアは、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。
「……ごちそうさま」
サクラもメニシアに続いて言った。
「もう外は暗くなっていますが、この後は宿に戻るのですか?」
「うん、流石に夜は何もなさそうだから」
実施にサクラの言う通り、エリアスは、昼間は活気があるが、夜になると真逆の静寂さが訪れる。
夜遅くまで開いている店は少ない。
「それでは明日、町を案内しましょうか?」
メニシアがそう提案する。
「何故?」
「何故と言われましても……強いて言えば、あなたが心配だからです」
「何が心配なの?」
「全部ですね」
サクラには心当たりがなかったが、まさかの全否定をされた。
「先程食事について聞いた時、明らかに偏っていると思いました。ならば食事以外の生活でも食事のように偏り、というより雑なのではないかと思いました。」
メニシアの言っていることはすべて正しい。
だからこそ、メニシアの誘いが、初めてのことで、とても新鮮に感じていた。
「……わかった、お願い」
今までのサクラだったら、多分この誘いを断っていたのかもしれない……いや、確実に断っていた。
しかし、サクラ以外には滅多に懐かないクオンが、メニシアに懐いているところを見て、メニシアの誘いに乗った。
久しぶりに美味しいご飯を食べて、無意識に気が緩んでいるのかもしれないが。
「明日の朝、サクラさんの泊まる宿の前で集合としましょう」
今日はこれで解散。
メニシアは、料金を払い、サクラを宿まで送ろうとしたが、サクラの泊まる宿が向かいにあるのでその必要はなかった。
そして次の日の朝。
サクラの泊まる宿の前に、メニシアが現れることはなかった。
一時間くらい経っただろう。
メニシアが来る気配が無い。
何かあった可能性もある。
しかし、気持ち的には、何かあったというより、裏切られたという気持ちの方が圧倒的に強い。
サクラの人生を一言で表すと地獄そのもの。
加えて、幼少期の事件をきっかけに「裏切り」というものに非常に敏感になっている。
「ニャ~」
サクラに抱えられているクオンが、甘えてくるように鳴く。
「クオンが懐くくらいだから良い人かと思ったんだけど」
クオンの頭を撫でながらボソッと呟いた。
極々少数とは言え、実際にクオンが懐く人というのは、性格が良い人が多い。
というより、全員良い人であった。
「おや、どうしたんだい? そんな所で突っ立って」
宿から女店主が出てきた。
「待ち合わせ」
「もしかして、昨日一緒にいたメニシアとかい?」
「彼のこと知っているの?」
「知ってるも何も、メニシア時々手伝いに来るからね」
一応メニシアは、この宿の関係者らしい。
「メニシアはまだ来ないのかい?」
「うん、もう一時間くらい経つかな」
「一時間!?」
女店主が有り得ないような顔をして驚く。
「どうしたの?」
「どうしたも何も、メニシアに何かあったんじゃないのかい?」
「何かって?」
どうして女店主が焦っているのか、サクラにはわからなかった。
「あの子が一時間も遅れることなんて今まで無かったんだよ」
メニシアは、今まで時間を破ったことが無いらしい。
基本的には三十分前後には着いていることが多い。
遅くても数分前。
いずれにせよ、今まで遅刻したことが無い。
「……」
サクラは、メニシアが嘘をつき、約束を破ったのかと思っていた。
しかし、女店主の反応を見るに、何かあった可能性もある。
どちらにせよ、一つ言えることは、サクラの持っている情報が少なすぎるということだ。
メニシアにしろ女店主にしろ、前日に初めて会ったばかりの関係性だ。
本当のところはわからない。
すると、
「二人ともどうしたんだい?」
一人の老人が、サクラと女店主に話しかけてきた。
「あなたは食堂の……」
「君は昨日メニシアと一緒にいた娘か」
話しかけてきた老人は、昨日食事をした食堂の店主だ。
「あなたもメニシアのこと」
「あぁ、知っているよ。よく食べに来るからね」
世界は広いようで狭い。サクラはそう感じた。
「あんた、メニシアを知らないかい?」
「メニシアがどうしたのだ?」
「この子と待ち合わせをしているみたいなんだけど、一時間経っても来ないんだよ」
「ほぉ」
老人も女店主同様に驚いた表情をする。
「でも散歩途中にさっき見かけたんだけどね」
「いつだい?」
「うーん、さっきと言っても、一時間半くらい前かねぇ……そう言えば、こっちの方に向かって行ってはずだけど」
どうやらメニシアは、待ち合わせの宿には向かっていたのは確かなようだ。
「……」
二人の話を聞いた感じ、メニシアがサクラを裏切ったという訳ではなさそう……寄りの考えになった。
完全に確信に至ったと言う訳ではない。
その時、サクラに抱えられていたクオンが、腕から抜け出して、唐突に走って行く。
「クオン!?」
走って行ったクオンを追いかけるサクラ。
「ちょっと、嬢ちゃん!?」
「何だ?」
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