第1話 夢②

 少年の名はメニシア。

 エリアスで生まれ、普通に過ごしてきた至って普通の少年だ。

 強いて言うなら、他の人よりほんの少しだけ正義感が強い。

 困っている人がいたら放っておけない性格なのだ。

 そして、今回も例に漏れることはなかった。

 買い物を終えて帰る途中、とある路地裏から言い争っているような声が聞こえた。

 メニシアは、迷うことなく路地裏に向かう。

 路地裏には、ガラの悪い巨漢二人と、ヒョロヒョロで少し小柄な男性が言い争っている。

 言い争っているというより、巨漢二人が一方的に男性を問い詰めているように見えた。

 正義感が強いメニシアは、これを放っておけない。


「あなたたち! 何をしているのですか!」


 三人は、メニシアの方を向く。


「何だオメェ、小娘が出しゃばるんじゃねぇ!」


 巨漢の一人が叫び散らす。


「だ、誰が小娘だ! 私は十七の男だ!」


 メニシアが性別を間違えられるのは、致し方ない。

 服装はダボッとしたパーカーに紺のジーンズ。

 ここまでは男らしい……?

 顔は、人によっては間違えられることがない訳ではない。

 髪は、小さいポニーテールが出来るくらいには長い。

 実際に今もポニーテールだ。

 これらの要素が相まって、巨漢に小娘呼ばわりされたのだ。


「小娘だろうが小僧だろうが知ったこっちゃねぇ! 関係ねぇやつは引っ込んでろ!」

「関係ないことはありません! 困っている人がいたら助けるのは当たり前のことです!」


 巨漢に負けじと答えるメニシア。


「……はぁ」


 もう一人の巨漢がため息をつく。


「面倒事は避けたかったが……しょうがない」


 ぶつぶつと独り言を漏らしていると、


「おい、こいつを始末しろ」


 少し殺意のこもった声で言う。


「こいつ、顔や体は良いから殺すんじゃなくて、おもちゃにして良いだろ?」

「……好きにしろ」


 小娘呼ばわりした巨漢が、ニヤリと笑みを浮かべ、戦闘態勢に入った。

 それを見たメニシアは、全身から少しずつ汗がにじみ出るが、


「そのような脅しには屈しませんよ!」


 未だ堂々としている。


「じゃあ遠慮なくいくぜ、泣いても止めねぇぞ!」


 言い終えるのと同時に拳を構え、メニシアに突っ込んでくる。

 殴られることが分かっていても、メニシアは避けようとしない。

 避けたくても体が動かない。

 避けたら悪に屈してしまうと無意識に思っているのかもしれない。

 巨漢の拳がメニシアの顔に近づく。

 流石に目を閉じたメニシア。


 何秒経ったか。

 痛みどころか、拳が触れたという感覚が無い。

 目を開けると、その拳は目の前で止まっていた。

 巨漢を見ると、青ざめたような顔をしている。

 よく見ると、彼の首元には刀が突き付けられていた。


「何をしているの?」


 メニシアは、巨漢の後ろから聞こえてきた声の方を見る。

 そこには、エリアスでは珍しい着物を着た少女がいた。

 背中には、着物と合っていない大剣と杖が掛けられていた。

 巨漢の拳を止めたのはその少女だった。


「誰だ、お前」


 もう一人の巨漢が問う。


「あなたたちの言葉を借りると、知ったこっちゃないんじゃないの?」

「ごちゃごちゃうるせ――」

「だまれ」


 刀を突きつけられていた巨漢が叫ぶと、少女は低めの声で返し、首に少し食い込む程にさらに刀を突きつける。


「そこのお兄さんは、このお兄さんが死んでも良いの?」

「……」


 もう一人の巨漢が少し黙り込み、そして舌打ちをする。


「行くぞ」

「は? 何でだよ! こんな奴ぶっ殺しちまおうぜ!」

「うるせぇ、とっとと行くぞ」


 そう言ってこの場を後にする。


「クソッ、覚えてろよ」


 刀を突きつけられていた巨漢も続いて行った。




 巨漢二人が去った後、緊張の糸が切れたのか、それとも安堵したのか、メニシアは膝から崩れ落ちた。


「はぁ~、助かりました」


 少女に感謝するメニシア。


「……別に」


 それに対して少女は答える。


「……あなた、弱いのに何で逃げようとしなかったの?」


 続いて直球でメニシアに質問をする。

 直球だったので思わずメニシアはクスッと笑ってしまう。


「確かに私は弱いです。でも、それと困っている人を放っておくこととは別です。困っている人がいたら私は出来るだけ助けたいのです」

「そ」


 やはり素っ気ない。

 すると。


「あっ」


 何かを思い出したメニシア。


「あの、大丈夫ですか?」


 そもそもメニシアがこんな目に遭ったのは、巨漢二人がヒョロヒョロな男性を問い詰めており、今にも暴力沙汰になりそうで、それに危機感を覚えたメニシアが間に割って入ったからだ。


「あれ?」


 しかし、男性の姿はどこにもなかった。


「……? 誰かを探しているの?」

「私が助けようとした男性がいなくなっているのですが……」

「僕が来た時はあなたとあの大男二人だけだったけど」


 どうやら少女が来た時には既にいなくなっていたようだ。


「そうですか」


 気のせいではないだろうが、助かったのならそれで良いと思うメニシア。


「改めて、ありがとうございます! どうかお礼をさせてください」


 メニシアは、正義感が強いだけではなく、感謝を忘れない性格でもある。


「そういうのはいいから」


 またも素っ気なく、即答する少女。

 すると、メニシアの足元に白い猫が寄ってくる。


「どうしたの、クオン?」


 クオンと呼ばれた白い猫は、どうやらこの少女の猫のようだ。

 クオンは、膝を着いているメニシアの足元に近づき、そして胸に飛び込んできた。


「わっ」


 胸に飛び込んできたクオンは、メニシアは抱え込んだ。


「クオン!?」


 少女も驚いているようだ。


「……」


 そして、少女は急に黙り込む。


「……あの~」

「何?」

「やはり、何かしないと私の気が収まりません。せめて食事だけでも奢らせてください」


 これも断られると思っていたメニシア。


「わかった」

「へ?」


 変な声が出た。


「だから、それで良いよ」


 断れると思っていたので、まさかその逆の答えが返って来て、メニシアは驚いた。

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