第28話 お通夜にしないために

 今夜中に決着をつける。――そう感じると。そう思うと、波立っていた心はすぅと穏やかになっていった。心に、重りが乗る。無理やり、暴れる心と幼い情動が押し付けられていく。いつもの私。嘘。家での私は、無表情だ。

 とりつくろっているのはどっちだ。友達合宿はまつりもいさりさんも、好意でしてくれたもので。私はそれをしみったれた雰囲気で終わらせたくない。友達を大事にするために動くのは、私がすべき最初の一歩で。――あさひに無視されて、被害者ぶっていた時の私じゃない。

 結局あさひと私は一方通行なことばかりしている気がする。


 放課後の帰り道に、ぺらぺらとまくしたてる赤いランドセルと、笑って聞いている水色のランドセル。あさひは、水色のランドセルを背負っていた。それが、妙にうらやましかったのを覚えている。

 あさひがいた部屋に戻ると、あさひはベッドにだいのじで寝転がっていた。


「――だれ……っ、なんで?」

「……あさひ。友達の家で喧嘩するようなみっともない真似は辞めた方がいいと思わない?」

「っ、そう、だね」

「でもね。あさひは自分の感情を取り繕うのがへったくそだからさぁ。あの二人になんかったってばれるのは明日の朝になる」

「……そうだね」


 互いに、一方的に気持ちを押し付け合うのが、私たちの関係で。それは、幼馴染というには。友達というには。親友というには。恋人になるには。あまりに歪なのだろうと。私は思う。

 でも。歪だから、壊れるわけでもない。きれいな関係だって、時として一瞬で崩れ去る。――私は、少し調子に乗った方が、調子がいい。なんて。いつもふざけ散らかしているから。


「夜風に当たろうか、あさひ」

「どう、いう、つもり?」


 まだ、夜明けまでだいたい三時間。


「酔いを醒ましてやる」


 宵はとうに過ぎている。――まぁ、なんだ。私たちは多分、昼間は寝ることになるかもしれない。





「私はさぁ、自分の価値なんてないと思ってるんだよね」


 私がそう切り出すと、あさひは戸惑うように眉を寄せる。


「なのにさ、さっきのことで、自分の価値が毀損されたんじゃないかとか。普通にむかついたりとか。したんだよね。――心根では自分に価値を認めてたってワケ」

「それは、誰でもそうでしょ」

「そうかもね」


 では。普段の私は嘘なのか? 違う。私は、私の中で相反する何かを持ち合わせている。それが、当然なのだ。

 人間は矛盾する。在り方や振る舞いは、常に変わる。どれだけ強い意志があろうと。いついかなる時も正しくあれたり、間違えたりはできないのだ。


「……私の心は多分、私のうちには無いんだと思う」

「頓知みたいなこと言い出したね……どういうつもり?」


 ここからするのはとんちじゃない。勝ち負けが分からない。こないだいさりさんやまつりにしたみたいな……勝ちがわかったイカサマじゃない。

 どっちに転ぶかわからない、あさひ次第の運ゲー。

 

「あさひのこと、私とはまるで違う人間だと思ってたけど。案外そうでもないのかなと思うようになってきた」

「回りくどいね」

「遠回りが近道なこともある」


 私は、慎重に言葉を選ぶ。私の目標は何だ。一つ。あさひとの関係を断たないこと。二つ。私自身があさひを許せるようになること。これまでは簡単。私側からの働きかけで、なんとでもなる。

 最後の目標。あさひが、自身を許せるかどうか。


 これに関して。私がどうやってもどうにもならないものだ。


「で、どう遠回りするの」


 さて。盤外の一手。別に対局してはいないんだけど。

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