第25話 道化の心の叩き方
翌朝。あんな地獄みたいな話をした割に、私たちは楽しく過ごしたと思う。分からないかもしれないけど、楽しい時間は楽しいのだ。本当に楽しくて、心の底から笑ってると思う。
昨日は宿題をした(ということになっている)から、皆でマリカをするということになった。ヒョロイ紫のオッサンばかり選びやがって……そいつらそんな強いの?
まあいいや。力こそパワーということで選んだクッパ様だったが……。
「ゆかり下手なんだから扱いやすい軽量級の方がいいよ」
「立て直しもききやすいし」
「何選んでも最下位だよこいつ」
まつり……とことん言いやがる。ならば私のマリカ捌きを見せてやるぜ。
「このゲームにおいて柊ゆかりの精神的動揺によるミスは一切ない!!!」
「いうほどやりこんでないだろ」
「プレイした時間38時間のくせに」
なんだぁテメェら!!! 喧嘩腰か!?!?!?
ぶちぎれたが、結局私が一位を取れたのはタダの一回だけ。八周するコースで奇跡的な運を見せつけ栄光を手にしたのだった。
私のあだ名はその日一日「運だけ」だった。うるせぇ! それもまた、実力だろうが!!!!
そう言えば、実力もまた運なのかもしれない。みたいな話があったかも。ま、どこまで行っても。私は私で、対戦型も協力型もできない。――出来損ない。
それでいい、とは言わないけど。でも、どうしようもないことはある。
夕飯は、カレーを作ることになった。ココナッツミルクを使う、エスニック? てきなやつだ。辛すぎるのは困ると抗議したが、一日くらい飯抜きでも人は死なないと言われた。
それが友達合宿でやることかよォ!?
「あれ……思ったより辛くない」
だが、口に入れたのは。アジアって感じというか、食べなれない風味のスパイスやらハーブやらが香る、でも意外と辛くない……ピリッと辛いくらいだった。
「それくらいの配慮をいさりんとこのねぇちゃんはやるよ」
ライムを入れた瓶ビールを飲みながら、まつりが隣に座った。未成年飲酒はご法度では?
「友達合宿は治外法権なんだ」
「そうなの……? どこの国の法理で裁かれるわけ?」
私の言葉に、まつりはフンと鼻を鳴らした。
「おもちゃ王国」
「それ私が言ってたら殴られるタイプの回答だからね」
「じゃぁ殴れよ」
そう言って笑うまつりに、軽くチョップする。まつりはめを瞬かせて、くしゃりと笑った。
「遠慮するかと思ったよ」
「――私、さ」
まつりの隣に座る。昨日の話の続きを、勝手にすることにした。
「人の気持ちとか、分かんないし。分かったところでどうにもならないから、いいやと思ってた」
「あぁ」
「でさ、だからさ。人と話す時は、一方的で、相手のやさしさに付け込んだみたいな、道化じみたこととか。一方的なこととかしか言えなくて。それが悪いとは思ってないけど」
「あぁ」
「でも、だから、突っ込みとかは苦手で。人の心の中に、踏み込めない人間で」
「知ってるよ」
ビールを、まつりが飲み切る。瓶の水滴がぽとりと落ちた。
「でも、道化じみたお遊びの中で、人の心に泥を投げ入れることだけはできるんだ」
「そんなの、誰しもができてしまうことだよ」
――私は、缶の炭酸飲料のプルタブを開けた。ぷしゅり、と子気味のいい音が鳴る。
「今のチョップは、心の扉をノックした、ってことで。どうでしょうか」
「……ま、上出来だよ」
まつりは、私の頭を撫でた。あさひといさりさんが、並んで何かを話し合っている。いさりさんの意地わるそうな眼と、まつりのムキになった顔。いじめられてるってわけじゃないだろうけど。いじられはしてるんだろうな。
「あさひ! 何喋ってんの……あ!? チューハイ飲んでるじゃんあさひ!!! スーパードライじゃなくていいの!?!?!?」
「ビールは苦いから嫌……今私の名前で遊んだ?」
「遊んでない! ゆかりんおちゃめジョークだよ」
あさひが、私をチョップした。
「それを、遊んでるっていうんだよっ!」
「へへへ」
「最初の質問に答えると……別に、私が高校で告白されたって話を、なんでかいさりさんが知ってただけ」
「生徒会の子ですからねぇ、ま、ちょっと話を聞いたんですよ」
ふぅん。つーか、もう告白されてるの? 私、高校で友達すらろくにできてないよ? 同級生に友達一人な上、その友達に一時期無視されてたんですよ!
「それで、いろいろいじられただけ」
「打てば響く。つい揶揄っちゃって」
「ホント、良い性格してるんですね」
あさひがそういうのを聞いて、つくづく人と仲良くなるのが上手い人だなと思った。どっちが? ――どっちも。
心の勝手口を、がらがらって空けられるタイプ。私みたいに、逡巡がないタイプ。怯えがない。その在り方が、眩しくて。
カーテンを閉めるのが、私かもしれない。
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