第33話 Scorched in a tropical night.
友達合宿は終わり。その日から、二日目の夜。私の目の前には。まつりじゃない人がいた。
「……なんで、そんな顔して。動かないの」
睨んでいる。怒っている。悲しんでいる。嘆いている。そして、心配している。あさひさんである。
「どんな顔してる」
「どうすればいいか分かんないような顔」
「だったら、どうすればいいか分かんないから動かないんじゃないの」
私はぶっきらぼうに答える。今さら、どの面下げて、である。まつりの想いにどうやって答えるべきか、分からない。だから、答えない。答えられない。
臆病だと笑いたければ笑え。かつて私はまつりを煽ったのに。臆病者めと嗾けたのに。姑息な手を使って、無理やりあの二人に会話の場を与えたのに。
今は、まつりから逃げている。無理やり奪っている。――そして、奇跡的に私たちは連絡先を知らない。
学校に行けば出会えるだろうか。――教室も、学年も違う。会おうとしなければ二度と出会うまい。嘘。たまにすれ違って、気まずくなるだろう。
でも、それだけ。まつりといさりの時とは違う。あの二人は奇跡的に同じクラスになってしまった。私が動かなかったら、その時は終わり。
まつりとの縁は、私とまつりは。あのベンチで出会うだけの関係性で。学校が一緒だとか、共通の友人を持つとか、そういうのは全部後付けだったのだ。
そして、その関係性の弱さこそが――気楽なのだ。
強い関係性も深い関係性も要らない。気まぐれな関係性だからこそまつりとは馬が合った。だから、それ以上を望むなら私は――。
「会いたくない、わけないし」
嘘はつけなかった。私みたいな友達もろくに居ない人間にとって、やっとできた絆である。捨てることなどできないのだった。
「じゃあ、行きなよ」
「……あさひは、それでいいの?」
その言葉に、あさひはくしゃりと顔を歪めた。何かを言おうとして、金魚みたいに口をパクパクさせて。でも、そのあと、目に涙を沢山溜めて。
震える声で言った。
「行かない理由に、人を使おうとすんな」
卑怯で臆病なのは、私だった。
――この間、あさひは私の家にやってきた。私がひどいメッセージを送りつけ、不登校だったころである。元々悪いのはさすがにあさひだったと思う。私も良いところなんてろくにない人間だけど、そんな人間をあさひは好きになってくれて。不器用だっただけで。
私は、たった一度の失敗すらろくに許せない器の小さな人間で。
その器の小ささを棚に上げて、今から人に許しを乞いに行くのだ。
「ねえ、あさひ」
あさひは、もう顔を上げなかった。何、と小さくつぶやいた。
「あの日――その面さげてやってきてくれて、ありがと。私なんかを好きになってくれて、ありがと。これからもよろしくやってほしいって言ったら、怒る?」
「……私なんか、って言ったから。怒る。お前だから好きになったんだよ」
あさひは、私の頬に思い切り張り手をした。いたい。
「――いいから、行ってきなよ。私はゆかりが誰の恋人になっても、友達をやめるつもりはないよ」
「……あさひの恋人になっても?」
「なる気がないのにそういう茶々をいれるの?」
そう言ってから、あさひは私の頭をぐちゃぐちゃにして、泣きながら笑った。
「恋人になったとしても、そのあと別れても、友達のつもりだよ」
あさひは美人でそこそこ何でもできて、どんな顔をしても絵になる人で。だから、なんでだろう。
その瞬間のあさひは、とびきり不細工で、絵にならない顔をしていた。
人を好きになるって、あさひにとってはそういうことなのだろう。
私の前でかっこつけたかったのだろう。どんな時も。
「あさひ。ごめんね、ありがとう。ずっと――ぃゃ、ごめん。なんて言えばいいのか、分かんない。どの面下げて何をあさひに言うべきなのか分からないけど。……私にとって
あさひは、へらりと笑った。細工はなかったが、綺麗な顔だった。
「そんなこと言われると、私もなんていえばいいのかわかんないや。――ゆかり、ファイト!」
「よっしゃ!」
私は、あさひを部屋に残して家を出た。――今の私の気持ち。
怒られるのが分かっていて職員室に行くような気分。アホ面は百も承知で、まつりのところへとチャリをこぐ。
公園のベンチに、まつりは座っていた。コンビニで買ったピーチティーと、卵サンド。まつりは俯いて、音楽を聴いていた。
頭の中に浮かぶ歌詞。バカみたいな名前のプレイリスト。これまで積み重ねてきた空っぽの自分で、それでも向き合わなければならないらしい。ここで逃げるのはアリだろうか。
死ぬほど怖い、と言ったら。まつりの不良然としたファッションよりも。自分のすかすかさが、怖かった。
「ち、ちーっす」
震えてか細い声は、しかしそれでもまつりに届いたらしい。届いてしまったらしい。まつりはぱっと顔をあげて、不機嫌そうに笑った。
目は赤いが、目元は赤くない。要するに……寝不足あるいはドライアイ?
「言っておくが、今日の私はコンビニの駄菓子で喜ぶほど善良じゃない」
「もともと不良じゃないですか……あはは」
そういう私は不良品。なんて。自分で自分を茶化す。他人の事だっておちょくってきた。今だってそうだ。
「ま、総菜パンか。なら話くらいは聞いてやる」
知っている。元々約束なんてしていない。一日二日顔を合せなかったところで、私たちには関係のない話だ。
つまり、怒ったふりで。怒られるふり。否。本心で怒っているし、反省している。それが人間というものな気がする。「そんな義理はない」感情に左右されて、他人に期待したり、がっかりしたり、申し訳なく思ったり、嬉しい気持ちになったり、勝手に救われたり、勝手に期待したり。
そういう身勝手さを、人に押し付けられるのが。人間らしいってことな気がする。
「――答えを言いに来た。まとまってない!」
「答えを言いに来てないじゃん」
――でも、何よりも。人として大事なことは、糞みたいな話だが。自己欺瞞も甚だしいが。
自分のことを好きになることだと思う。それができなくても、それが嘘でも、そうありたいと思えることだと思う。
無理だろう。これからも私は自嘲するし、自虐するし、他人をおちょくるし、良い人をみると殴りたくなるし悪い人を見るとゴミだなこいつって思うんだろう。オタクとして楽しくアニメを見るけど、その視点は独りよがりで自己満足で、周りの事なんて考えてるふりしかできないのだろう。
でも、それでも。
「私は、自分のことを好きになれない」
「あぁ」
「だから、まつりの感情をバカにすることもあると思う」
「――あぁ」
「でも、まつりの私に向ける感情以外は。私は、まつりのことがめちゃくちゃ好きだから」
「あぁ……?」
気持ちは、分かるものじゃなくて。感じるものだから。
考えれば考えるほど、人間なんてどうしようもないカスで、その中でも出来損ないの私はゴミみたいなもので、そんな人間に生きる価値なんてどうあがいても見つからないけど。
まつりは私の太陽で、私はその周りをふよふよまわっているだけでいい。ダンゴムシでいい。枯葉でいい。だから、その恩恵にあずからせてください。
「要するに、答えを出した。まつりの好きは受け取れないけど、私はまつりのことが好き」
「――愛する甲斐のない女だな、柊ゆかり」
「自己肯定感のない女っていうのはそういうもんです」
私の言葉に、まつりは笑った。
「――お前は認めないかもしれないけどな。私はお前に感謝してるんだ。どうしようもない私に声をかけてくれたのは、一個下のクソガキだったんだからな」
その言葉に、心がいっぱいになる。
ベンチに座った。
人を愛するってことは難しいことだと思う。自分も大事にできないやつに、誰かを好きになる資格なんてない気がするから。
でも、少なくとも今この瞬間、私はまつりのとなりにいたいと思っちゃったので。
この気持ちに、恋と名付けることにしました。
死ぬほど恥ずかしくて、焼け焦げるくらい顔に血が上った。
「酒飲んだのか? 顔真っ赤だぞ」
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