夜明けと、冷めない温度(あさひ√)

第22.0話 「狡くてごめんね」

それはさておき、長旅に疲れた私たちは昼まで自由行動の運びとなった。




「ゆかり! 宿題しよ!」


「ゆかり、適当に庭でも見て回ろうぜ」


「……これ、私もなんか誘った方がいいですかね? マリカでもします?」




 さて。どうするか。


▷あさひと勉強する。


 ゆかりと散策する。


 みんなでマリカ!


……いけない、ついギャルゲ的選択肢が脳内に出てきてしまった。


 いさりさんの選択肢がない。いさりさんルートは無いのか!? いや、現状あさひルートしか開けてないしあさひルートも私としては……どうだろう。私が好きにならないと思う。私の性的対象が男か女か、今は分からないけど。エロゲは性的な絡みは「描写」としてとらえている節がある。ご褒美シーンとか、抜きシーンとか。

 そういう捉え方は、あんまりしていない。ま、どうでもいい話である。

 なんとなく。私があさひに持つ感情は、ひどく絡まって、麻のように乱れているのだ。好きだけど、嫌いで。尊敬しているけど見下していて。理解できるけど信じられなくて。――そばに居たいのに、遠ざけようとしている。


 それはなぜか。あさひが私に迫る選択肢は、私の考えたくない「問題」を隠す真っ黒な布地を引っぺがしてどかんと目の前の持ってくるものだから。


 でも、ひょっとすると。向き合うべき時が来たのかもしれない。あと、少し寝不足なのではしゃぐ余裕がない。


「宿題、はやめに終わらせてもいいかな」

「ゆかりが想像以上に真面目! 幼馴染として鼻が高いよ!」

「……予想してましたが、少しつまらないですね。幼馴染同士なんて」

「いさり、ひょっとして私とのマリカタイマンに勝てないからビビってんのか?」

「は??? アイテムが役に立たないDSとか8DXのタイムアタックならチンピラ風情に負けませんが~???」

「ほざいたな……」


 まつりといさりさんが部屋から出ていく様子を見ながら、あさひは呟いた。


「……いさりさんって、すこしだけゆかりに似てるよね」

「たまに、バカみたいなテンションだよね。おちょくると反応が面白いのはどっちなんだ」


 呟きながら、笑いそうになる。まつりのことをよくバカにしていたらしいが、いさりさん自体も大概道化である。……私に、似てなくもない。

 でも、いさりさんとまつりのが。健全だと思った。対等な関係で、私たちに、似ているけど。似ていない。

 過去が違う。優劣が違う。見た目が違う。そういう話ではない。


 昔馴染みの仲良しだが、あの二人の空気感と私たちの空気感は少し違う。

 あさひは真面目すぎるし、私は陰鬱すぎる。

 まつりはいい加減だし、いさりさんはどこか、ふわふわしている。

 ふとした瞬間に消えてしまうような、俗世から乖離した雰囲気。なんとなく、そんな感じがする。気のせいかも。


「――じゃ、私はこのチンピラと決着をつけるので」

「仲良く陰気にお勉強してろ」


 二人はそう言って部屋を出ていった。ほんとはまつり、一緒に遊びたかったのかもしれない。推測の域を出ないというか、妄想である。


「狡くてごめんね、ゆかり」

「……何の話?」


 あさひの呟きに、振り返る。あさひは、参考書をよっこらせっと出しながら眉を下げる。


「宿題はポーズ。――ホントはさ、少し話がしたかったんだ」


 奇遇。私もおんなじこと考えていた。なんて。話の内容によるだろう。


「ゆかりが、あんなふうに他の人と仲良くなるなんて。私にとっては信じられなかったな」

「私もそうなんだけど、あさひにもそう思われてたのはなんだかきついものがある」


 私がとんでもない陰キャってことを言っているだけなので。そりゃ私にとってもきついんですけど。


「勝手にさ。ゆかりは私だけのものであってほしかったんだ。ゆかりが、他の輪を作ったり。他の輪に参加したり、あんまりしてほしくなかった。子供みたいな独占欲が、私にあったんだなって。あの二人と話してるゆかりをみて気付いた」

「……そうだね。私にとってあの二人は……何で仲良くなれたのか、分かんない」


 あさひは、私とかかわろうとした人間だから。私は、私と関わる気のない人間なら同じ屋根の下で暮らしていても仲良くならない。だから、まつりやいさりさんは。私かかわろうとした人間だ。


「ねぇ、何がゆかりをそうさせたの?」


 それを、アンタが訊くのか? 思わず笑いそうになる。私はあさひがいなくなったから――もう一回、あさひと関わろうとしたんだ。私から、あさひに。

 それが上手くいかなくて、なんだかんだあって。まつりと私は出会った。

 仲良くなれたのは、あさひに一度拒絶されたからだ。その傷があったからだ。


 心に傷がなければ、私は誰ともかかわらずに生きていける。そういう類の人間だ。

 透明人間。誰の印象にも残らず、誰ともかかわらず、誰とも触れ合わず。ただ、社会のどこかでだれにでもできる何かをこなして、誰に対しても「誰か」でしかない。

 そして、孤独の中で死ぬ。それを、辛いとは思わないタイプで。多分、まつりもそうな気がする。



 私が寂しいのは。どうしようもなく辛いのは。罰だから。罪だから。心が弱くて、浅ましくて、卑怯な人間は、一人で生きていくしかないと、諦めるから。

 その諦めが、私とまつりを繋げたんじゃないかなと思う。

 でも、あさひが隣にいたなら。私は、満足だった気がする。


「あさひはさ、狡くなんてないよ」


 もし、あさひしか隣にいない世界を生きていたなら。その関係性を私は問わなかったと思う。

 今、あさひの恋人になる気がない理由は、あさひが作ったものだ。自分に不利な状況を好き好んで作る人間が、狡猾なはずはない。多分。

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