第29話 こころづくし。
三日目。友達合宿。いさりさんに軽く呼ばれる。少し表情に影がある。――というか、怒っている? 私に対して。
二人きりで、座る。庭先のオシャレなベンチ。いさりさんは車いす。いさりさんは軽い咳払いのあと、ペットボトルの水に口をつけた。コーヒーとかにはしないんだな、喫茶店で働いてる割に質素なものを好むんだなと意外に思った。
「――つまらないことを知りたい、と貴方は思うでしょうが」
ふいに、口を開いた。いさりさんは、慇懃無礼なきらいがあるなと思う。人を軽侮する口調は私によく似ている。敬語の裏腹に敬意は微塵もなく。そして、それが私程度の人間にも伝わるあたり。隠す気もないのだろう。
いさりさんは色々賢い人間だから、自分が振りまく苛立ちを理解しているはずで。それなのにあえてそういう態度なのは。挑発。かかってこいということなのだろう。いじめられていたのか、個対多の喧嘩をしていたのか。存外、いさりさん自身にいじめられているという意識は――。否。これは、私の妄想だ。
「友達合宿、ですよね。好きなこと言ってくださいよ。いさりさん」
「それですよ。なんで、どーしていさりさんなんですか!」
「先輩ですし」
「それ! 先輩じゃなくて! 友達! てかまつりには敬語も使ってねーでしょ」
「まぁ……まつりには、今さらですから」
いさりさんは、ふっと顔に影を落とした。
「敬称を気にするのも、今さらって言いますか」
「まぁ、言います。今さらでしょ」
「良い性格してますね」
「ただ」
強く遮る。最近、私は自分の言いたいことが言えている。快調。三割バッター。てきをばったばったこおろぎとなぎ倒す私。最後は敵の矢を受けて死ぬのだ。
心臓に矢を受けてしまってな……。
それはさておき。
「いまさらでも、――いいです。今さらで、時間を食ったらますます今さらでしょ。いさり」
「……なんか、私の前でだけかっこつけようとしますよね」
「まぁ。いさりは、私に似ている気がするので」
「ので?」
「行動を先回りしやすい。ある意味ではあさひにも似ているし」
「ふーん。なんとなく、分かってきました」
すく、っと立ち上がるいさり。え、と驚く私。頭に、チョップが飛んできた。いたい。
「別に歩けないだけで一瞬なら立てます。結構、しんどいですけどね」
また、崩れるようにへたり込みそうになるいさり。慌てて支える。ゆっくりと、車いすに座らせた。
「私は。遠慮なんていらないゆかりに……一番素顔を見せている気がします」
「私は、まつりかも」
「私は、まつりの前ではかっこつけてしまいます」
強がり、ではなく。対等でありたいのだろう。どうしても「してもらう立場」であるから。それが弱みになって縮こまりたくないのだろう。対等でいたいから。弱気な自分を追い払いたいという気持ちは分かる。私が、あさひに昔抱えていた気持ちに近いものを感じた。
友達が多くて、陽気で、気さくで。そんな人間に「遊んでもらっている」「仲良くしてもらっている」というような妄想。妄想なんだけど。でも、ぬぐいきれない。分かればいい。分からない人間には死んでもわからない。
だから、不必要なまでに私はあさひにまくしたてた。いさりは――虚勢をはったのだろうか。
「友達それぞれに適切な態度がある。だから、人によって態度を変えるのは正しいんじゃないかと私はおもいます」
「私も、それはそうかな。です」
「ククク、そうですよ。だから、さんづけでも別にいいです。でも――」
少しだけ、寂しかったです。そう言ってうつむくいさりは、レアな気がするけど。ひょっとすると、私はこれから「こんな」いさりを何度も見ることになるかも、と思った。
「私、リハビリ続けてみようと思います。なんだかんだ不便ですからね。不幸じゃないけど」
「多分、不幸な部類では」
「まつりやゆかりと会えましたし。運は良い方って言っておきます」
「あさひは?」
「あさひさんは――まだ、よくわかりません。貴方が大事でついてきた人ですからね」
あさひがアウェイなのは、意外な話である。
「――ま、私たちが二人でお話してるってことは。あっちもあっちで何かしらお話してるんじゃないですかね」
いさりは、館のほうへと目をやる。いつ見てもでかいやしき……ログハウスである。奈良県の大仏を見たときと同じ感想を浮かべる。
ひょっとして、ここが東大寺? 関西なのに東。そもさん。
せっぱ。ここは東大寺ではない。いいお土産を持ってこい。それは法隆寺。
「……あの二人の会話、思いつきますか」
「全く」
「だからゆかりはダメなんですよ」
え、いさりには分かるの!?!?!?!? 教えて。なんか、フツーに気になるんですけど!?
幼馴染と恩人。幼馴染とよく知らない下級生。幼馴染と不良。幼馴染と副会長。
これ、どうなるんでしょうか。そもさん!
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