第27話 あがり。
夕飯の後はみんなでマリカをした。私はムキになればなるほど負けて、必死になればなるほどバナナで転んだ。
人生。
「クソが……次こそは一位取ってやる」
「ちゃんとドンキー使って負けてるもんな」
「心底雑魚だよね」
「海底撈月」
「おい麻雀打ってる奴誰だ」
いさりさんがぺろと舌を出す。次こそは倒してやる――そう意気込んで前を向いたときに、運転手さん(石山姉)が登場した。
「そろそろ、風呂」
「じゃ、行くか」
「さっさと入ろ、もう眠たいな」
「ゆかりさん、おんぶで連れてってください」
「私に人は担げませんよ」
あきらめなくても試合が終わる。これもまた、人生。
脱衣所が広い。銭湯か。突っ込みの入りそうなほど広い場所である。
「元々、旅館を作るつもりだったらしいんだ」
「ふーん」
いさりさんの言葉に、アホ面で返事をするまつり。
「なんで旅館にしなかったんですか」
「私のサナトリウムにしたの」
「さなとりうむ……?」
「いわゆる療養所。足が悪いからって、静養する必要はないんじゃないですかね」
私が突っ込むと、いさりさんはくすりと笑う。
「ま、そうですね。一切歩けないわけではないですから、リハビリさえ頑張れば歩けるようにはなるとか」
「ふーん」
「リハビリ、頑張っていたつもりですけどね」
地雷、踏んだのか。自虐的な笑みのいさりさんの顔を見るに――精神的な何かが、関係しているのだろうか。
「ま、医学には解決できないこともありますよね」
「そんなんでいいのか?」
「別に、気をもんでもどうしようもないからね、そんな顔すんなよまつり」
砕けた言葉を使いながら、いさりさんはまつりの方を見た。私は見ない。きまずい、みたいなことを言いたそうなアホ面は見飽きた。
見飽きるほど長い関係じゃない。見たくない。もう解決済みってことにしてくれ。
長風呂は苦手。火照った体で、私は一人であった。相変わらず、この時間は一人。
「……湯冷めするよ」
「そうならないように気を付けます」
「あっそ」
石山姉は、昨日みたいに泣いていない私にはそっけない態度である。まあ、別にねちねち絡まれても鬱陶しいだけだし。
……人間と関わると疲れる。特に複数人と。広がるコミュニケーションに、思わず辟易としてしまう。私は根本的に人間と関わるのに向いていない質らしい。
「あー……終わってる」
ぽそりと呟く私は、揺れた。ソファの隣に誰かが座ったのである。
「別に、終わってるも何も。始まってすらいないだろ、たぶん。何の話か知らないけどな」
ライターを取り出しながら、煙草を取り出して火をつける。本作品では未成年の喫煙シーンを描写しますが、現実の未成年への喫煙・飲酒等を勧めているわけではありません。
「風呂上りの煙草が一番うまい」
「反・公序良俗女め」
「まつりだからな」
「祭りは公共の秩序に則ってるでしょ」
「うるせぇ。もくもく黙ビーム」
煙を思い切り吹きかけてきやがった。臭い。さすがに抗議の声を挙げる。
「ち、ちくしょう! マナーの悪い喫煙者すぎるだろ!」
「人工呼吸で煙押し込んでやろうか?」
「発想が怖いよ。人工呼吸より胸骨圧迫を優先してください。まずはAEDですよ」
「お前はなんなんだ」
私は首を傾げる。
「柊ゆかり。柊という姓に恐ろしいほど何の愛着もないから、私のことはゆかりって呼んで」
「別に。それは知ってるけど、知らない情報が混じってるな」
「――聞かせても、つまらない話だよ」
まつりは、煙草を吸うばかりで返事をしない。
「公園では吸わなかったのなんでなん?????」
「補導されるだろうが。バカかテメェ」
それはごもっとも。
「補導はさ。夜に出歩いてもされるでしょ」
「それはまぁ、案外何とかなった」
「まぁ煙草ほどは叱られないか」
煙の、臭くて不快なにおいが部屋を満たしていく。だが、嫌いじゃないかもしれない。まつりからする匂いなら、別にいい。でも、出てくる言葉は想いとは真逆のもので。
「――煙草は、やめた方がいい」
「なんで」
「臭い」
「お前の前では吸わない」
「それもヤダ」
「なんだそれ。どういうつもりだ」
もし、もしも。本当にもしも、私が自分のことに勇敢だったら。どういったんだろう。
「煙草は、吸ったら死ぬぞ」
「いずれ死ぬ」
「建康ではいられなくなる」
「いずれ誰もが壮健とは言えなくなる」
「壮健なんて言葉もうなかなか見ないよ」
「話の腰を折るな」
まつりのためにも、煙草は辞めなさい。なんて。18禁エロゲで貞操観念がバグり散らかしたあほ女が言っていいセリフではなかった。
まつりの舌打ちが聞こえる。
「クソ、これで最後か」
私とこの子は、割と同類な気がする。
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