第25話 「諦めてほしいんでしょ」

 涙でうさぎちゃんみたいなおめめになる(既視感のある展開)――かと思いきや、涙で顔が最低最悪のコンディションにならないようにまつりが何とかしてくれた。ついでにお肌のケアも。化粧水と乳液(本人曰く最低限これくらいはしろとのこと)。保湿ってやつ?


「素材がいいわけじゃないけど、駄目って程でもないからな。スーパーで売ってる人参程度にお前は美人だよ」

「たとえが分からなさすぎる」

「グラッセ程度にはなれるよ」

「付け合わせ……」


 所詮美人の引き立て役である。そう思うと苦笑いだが、よほどにんじんが嫌いな人以外は残さない程度には食べられるものだと考えれば――悪くないのだろうか。

 引き立て役。主役にはなれないのだろうか。


「お前は人参って評価に複雑そうだがな、あれもあれできれいな花を咲かせるんだぜ」

「へぇ。人参ってどんな花なの?」

「さあ? 知らねぇ」


 まつりはにやっと笑う。こ、コケにしやがって……。でも、どんな花か知らないなら。どんな花にもなってやる。今日から私はラフレシアだ。

 ベッドに戻って、いびきをかくいさりさんとすぅすぅ寝息を立てるあさひを横目に、ベッドの端でちょこんと眠った。

 ――目を閉じれば、あさひの顔が浮かんだ。なぜ、私なんかを好きになったのだろうか。





 二日目! 友人合宿は楽しい楽しいものになると思いきや、あさひが私の前を阻んだ。


「今日こそは宿題やろうね」

「宿題なんかやらなくてもテストで点数とったらいいでしょ!」

「まぁまぁ。わかんないところは教えてあげるから」

「わかんないところは答え写すよぅ」

「アホ!」

「あほだから写すんだよぅ」

「屁理屈!」


 これ以上おちょくると拳が来る。そう思った私は肩をすくめてあさひと宿題をすることと相成りました。数学も古典もなーんも分からん。古典がこけました。こってーん。なんつって。

 とはいっても、私だってバカではないのでわかんないところなんてほとんどなくて。分からないところを聞くくらいなら黙々と進めていく方が効率がいい。勉強会(ガチ)になってしまう。これは真面目なあさひさんと人として終わってる私のコンビネーションがもくもくと作業をこなす大会をつくってしまっている。


「ねぇ、勉強したまま話せる?」


 あさひの言葉に首を振る。マルチタスクなんてこなせません。無理!


「じゃあ、少し休憩して話せる?」

「――真面目な話だと休憩にはなりませんが、休憩になりますか?」

「さあ。ならないかもね」


 ため息をつく。なんか、まつりの悪い癖があさひに感染している。私のクセがまつりに感染したきらいもある。いさりさんは元から多分人を煽るのが好きだ。


「ゆかりは、私の事どうおもってるの」

「ストレートな表現だね」

「さあ。同性愛はストレートじゃないらしいよ」

「余人の言葉なんかどうでもいいでしょ」

「で、どうなの」


 逃げは許されないらしい。首を振る。


「私は、キスとかえっちなこととか、あさひとはしたくならない。てか、誰ともしたくない。あさひが一人でえっちになってるのとか、他の人とキスしてるのはダメだと思わないけど」

「屈辱的な言い方をするね」

「私は、そういう感情をあさひだろうがまつりだろうがいさりさんだろうがクラスの男子連中だとか、誰に向けられても気分がたいそう悪いですね」

「性的なものに嫌悪感があると」

「うん」

「じゃあ、性的に人を好きにはならないと?」

「う、わかんないや」

「ふぅん」


 素直に答えると、あさひはすぅと目を細めた。咎めるわけではなく、嘆くわけではなく、怒るわけではなく、ただ、何の感情の色もなく。否。見えない。私に、いまのあさひは分からない。


「自分は人をエッチな目で見るけど、自分は見られたくないってこと? 都合のいい感情だね」

「っ、自分でもそう思う」

「責めてるわけじゃないよ。ゆかりの気持ちは分からないでもないからね」


 エロい女。可愛い女。付き合いたい女。やりたい女。そういう下卑な会話でしょっちゅう槍玉にあげられる見目麗しい同性愛者レズビアンとして、あさひは私の感情が理解できるらしい。私のそれとは少し違うのだろうけど。似ているのだから、分からないでもないというのは


「やっぱり、ゆかりが今私に思っている感情は、恋愛にならない気がするんだ」


 やっぱりってなんだ。


「私が、どれだけゆかりのことを好きでも、好きなるのに資格なんて必要なくても、私はゆかりに恋愛的な意味で好いてもらえる気がしないや」

「――そんなこと、どうしてわかるのさ」

「ゆかりに、好きな人がいるってわかるから。――分かるよ。ゆかりはさ、私に諦めてほしいんでしょ? 失恋してほしいんでしょ? 分かってる。想いが届かないことなんて、いくらでもあるって知ってるよ。私は、これまで何回も振る側に回ってきたんだから」


 あさひは、驚くほど穏やかな顔でこちらを見ていた。凪。あるいは、私への――純粋な感情。これが、恋という名の思いなのか。

 不意に抱きしめられる。


「大丈夫。私のことは気にしないで。ゆかりが選んだ道を、私は応援する。ゆかりが何を選ぼうが、その結果不幸になろうが、辛い思いをしようが。私はゆかりの側に、親友として居たい。だから、私のことは気にしなくても大丈夫。――嘘。親友として、気にしてほしい」


 救われなくてもいい。報われなくてもいい。そんな、悲痛な恋を。私は。させたくない。認めたくない。でも、あさひは涙一つ零さなかった。笑顔で。本当に、失恋のショックなんてないのか。


「ただ、親友として信じてくれるなら。一度ゆかりからの想いから、自分自身の気持ちからすらも逃げた卑怯で惰弱な私のことを受け入れてくれるなら。私はそれで救われるから。それだけで、というか。それこそが、私の一番の輝きになるから。自慢の親友でいさせてくれる?」


 ――泣きそうになるのを堪えた。私が泣くのはズルだから。代わりに、抱きしめ返した。


「私、も。いつか――あさひの横を歩いても恥ずかしくないような。自慢の親友に、なれるかな?」

「もうなってるなんて、私が言うのは許されない話だね。大丈夫。ゆかりも、ゆかり自身のことを好きになれる日はきっと来るから。ゆかりがそう思えるようになるまで、ずっと待ってる。きっとなれるから」


 耳元で囁かれた言葉は、私と親友の秘密にしておきたい。

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