第20話 「今度からキンピラって呼んでやる」

 あさひはぺらぺらと運転手さん(いさりさんのお姉さんで、石山まいと名乗っていた)としばらく色々な話をして、ちょっとしたら眠ってしまった。

 コミュ力高すぎ女め……私が所在なさげに佇んで話し相手を失っていることに気づかんかい! それともあれか? 普段から教室でポツンとたたずんでいるからもう全然気にならないか? 私が話し相手を失うのが日常の風景になってるか? 事実だけどなんか悲しいぞちくしょう! 私の静かなる怒りを称えた指が寝息を立てているあさひの鼻をつまもうと襲い掛かる――寸前、視線を感じて振り返る。まつりが、こちらを見ていた。な、なんだぁ!? や、やんのかコラ!


「こいつがゆかりの友人とは思えないな」

「キャラが違うのと仲の善し悪しは関係ないよ、チンピラ」

「お前最近私の事めちゃくちゃおちょくるよな、たまには分からせてやる」


 思い切り腕を捻られた。痛い。いや、痛いですまない。


「ん゛ん゛ん゛ッ」


 私が泣くまでまつりは捻るのをやめなかった。痛すぎる。


「――広い車だけど、あんま暴れんなよ~」

「はーい」

「ククク、まつりは言葉で諭してくれるほどやさしくないですよ」


 腕をさすりながら、痛みをこらえる。――口角は、上がっていた。

 私は多分、他人とかかわろうと思ったことがほとんどない。まつりと出会って、初めて思ったのだ。怖い見た目の不良に、声をかけようと思った理由は実のところ今でもわからない。

 そして、人間として他人とかかわろうとするときに。私はふざけることしかできないらしい。

 本当の自分。それに自信が無くて。違う。そんなものは無くて。私は目に映る、刹那的な物語を読み込んで、それに対して色々ケチをつけたり褒めたりしながらネットで愚痴を垂れ流すだけの。そこに私と呼べるべき要素なんてなくて。私はそういう人間の作り方をしてきたから、他人の機微を理解できない。違う。理解したところで、どう振舞えばいいのかわからない。だから、まつりの誤解されやすい外見をネタにして怒られるまでやめられないし、あさひの告白をしょうもないスラングめいた返しでしか受け入れられない。

 ふざけて、現実に斜に構えて、受け流すようにしないと、多分私は現実たにんを受け入れられない。そんなものが、人間か?


「ごめんねまつり……ホントはまつりの髪型とか穴だらけの耳とかちょっとかっこいいと思ってて好きだよ」

「お、おぅ……泣くほど痛かったか、わりぃな」


 泣いている理由の全部は教えない。こんな旅行に誘ってくれて、ふざけ切った私にちゃんと向き合ってくれるなら。殺されてもうれしい気がする。ちゃんと怒ってくれるのが。ちゃんと気遣ってくれるのがうれしいなんて。

 幼稚園児みたいな他者への情緒を未だに抱えている。そんなことを言う必要はない。


「まつりは、私の事いっぱい殴っていいからね」


 私の言葉に、まつりの拳骨が飛んだ。目から星が飛ぶ。いたい!


「――ゆかり、お前は私のことDV彼氏とでも思ってんのか、バカ」

「クククククク、殴ってるじゃないですか」


 なんだか、締まらない。締める気も別にないんだけどな!


「んぅ…‥ゆかり、泣いてるの――っ?」


 寝ぼけた声で目を覚ましたあさひは、乙女わたしの涙に敏感であった。私(まつりとあさひの間に座っている。余談だけどいさりさんは三列目のシートで寝転がっている。助手席には誰もいない)の頭を抱き寄せ、頭を撫でまわす。私はワンちゃんか?


「泣かしたの、誰。やっぱりゆかりを虐めようとしてる」

「思い切りゆかりさんをぶん殴ってまつりが泣かせました~!」

「語弊があるだろうが」

「……ゆかり、本当?」


 私があさひをぎゅってしながら頷くと、あさひからとげとげしいオーラがあふれ出る。あふれ出るのだが、なんかそれはそれとしてあさひがいいにおいだ。頬をぐりぐりしてあさひの香りと体温をじっくりと堪能する。――他人の温度は、心地がいい。あさひの心臓の音が少し早い気がする。おいおい~意識しちゃってんのか~?


「もし本当なら……」

「私がまつりのことチンピラって言ったらいじめられた。今度からキンピラって呼んでやる」

「本当なら……」

「……あさひ?」

「ゆかり」

「はい」

「自業自得じゃない?」

「はい。あさひの早合点です」


 あさひは眦を吊り上げて私を殴った。痛くない!(まつり比)


「もう! バカ! 人の気も知らないで! バカ!」

「あさひの気は知ってるよ!」

「猶更バカ! 殴る!」


 ばちーん。平手打ち。音は痛快。心は痛い。頬はそこまで痛くない(まつり比)。後ろからげらげら笑っているいさりさんの声が聞こえる。


「――あさひはゆかりのこと、ちゃんと怒るんだな。甘やかしてるわけじゃなくて、良かったよ」

「まつり先輩こそ。ゆかりにちゃんと殴ってくれてありがとうございました」


 一人の少女がぽこぽこ殴られてるのに勝手に和解してんじゃねぇ! 私の痛覚が大活躍しちゃってるじゃんか!!! クソ! なんか全然嬉しくないぞ!!! ふて寝してやるもんねー!!!!!!!


「殴る宣言から殴る人ってこんなに面白いんだ……」


 後ろからいさりさんの呟きが聞こえる。正直、私もあさひのそれは面白いと思っちゃいました。

 殴られる側も面白いんだから、多分相当面白い。運転手さんの呟きも耳に入る。


「こんな暴力的なコント、もう流行らないよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る