第19話 たとえば、私の過去と。

 四歳か五歳の頃に母親が再婚した。父のことは……子供ながらに、何となく聞いても良いことはなさそうだと察して黙っていた。だから、私の実父のことは何一つ分からない。

 小学一年生になる前に、母親が死んだ。義父は、私のことを引き取りたくなくて必死に実父のことを探した。でも、実父は見つからなかった。

 小学二年生の頃に義父が再婚した。義母と義父に囲まれて、私は大層居心地が悪かった。二年後、義母と義父の間に子供が産まれ、私に居場所と呼べる場所は無くなった。何をしても、何を求めても。金銭だけは渡された。


 私は透明人間で。……でも、家族のことなんてぶっちゃけどうでもよくて。

 私にとって世界たしゃとは、あさひのことだった。

 あさひは私の家族の事情が「フクザツ」なことしか知らないから。縋る相手があさひしかいないと知っていれば。あさひはきっと……私を受け入れるしかなかっただろう。自分の感情を殺して。好きという気持ちにすら蓋をして。


 私が何一つ気にしていないことを周りが勝手に気にするのは、酷く滑稽だ。

 別に、気にして欲しいなんて思わない。気軽に「アンタの家族ってどんな感じなの」なんて聞いてくれて構わないし。家族の温もりなんてものをもっと気楽に小バカにしたい。私の傷は、そんなところにありはしない。

 じゃあ、どこにあるのかなんて。教えてあげない。


「友達の家に泊まります。ざっと一週間くらい」

「そう。気をつけて」

「はい」


 家族の会話は、これでおしまい。


 夜半も夜半。真夜中に、ワゴン車が来た。


「お待たせ! ……荷物、そんだけでいいの?」


 スーツケース二個は、そんだけというレベルではない。中身は衣服とノートパソコンと……SSD。割と高いやつなので、結構ゲームが入っている。

 宿題? そんなものは持っていかない。


「ちゃんと宿題もってきた?」

「あっ、わすれちゃったもってきます」


 あさひのジト目。無視! 急いで戻る。……参考書はあさひの借りればよくね?

 ノートだけ持っていけば良くね? ……宿題用として新品の大学ノート(高校生が使っている)を何冊か掴んで持ってくる。シャーペンもあさひの借りればよくね?

 筆箱は……ま、流石に持っていくか。


 再び戻ってきた私に、ジト目を向けるのはあさひだけ。


「……この二人も宿題する気はなかったんだって。私、上級生の参考書は持ってないんだけど」

「いや、やらねぇよ……あんなの答え写せばいいじゃん」

「です」

「ゆかりの教育に悪いなぁ……」


 不登校になるのが多分だけど学習的には一番良くないと思う。教育に関しては別に、場合によりけり。私の場合はあまりいいとは言えない。


「ま、二人で勉強しようよ、ね?」

「ゆかりがそう言うなら、いい」


 たちまち破顔するあさひと誰が一番甘やかしてるんだか、という呆れた声。


「ま、宿題なんかやらなくてもテストで成績とりゃ進級できるだろ」

「テストで成績とっても出席日数足りなきゃ留年だろ」

「ゆかりテメェ」

「クカカカカカカカ……」


 まつりを煽るのは楽しい。アオリイカ。漁火。いさり。いさりさん。なんつって……。


「さて、それじゃ出発するよ。運転手は不肖、石山が務めさせていただきます」

「はーい、よろしくお願いします!」


 まつりと顔を見合わせる。あさひのコミュニケーション能力の高さにはあきれるばかりだ。

 

 

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