からっぽなんだよ

第16話 「そんなものはない」

 待望の一学期が終わり、最強の夏休みが私たちを待ち受ける。

 インキャにとって学校もクソも休みも何もかも関係はない。授業は先生に目をつけられないように程々にちゃんとやる。成績は部活やらなんやらで忙しい陽キャなんかに負けないもんねー!

 ちなみにあさひには負けてます。部活と人付き合いしながら平均90点叩き出す女。総合力で負ける。一応勝ってる科目もあるもん! こう見えても勉強できるんだもん!

 できるというか、できるようになるまでやるだけですが?(嫌味)

 こういうときしか陽キャに勝てないので、心の中で勝利のパフォーマンスをするのであった。情けなくて弱くて惨めなのはかえって私の方である。うるせぇ!


「えーっと、夏休みだからって羽目を外さないように……あんま長い話してもアレだな、人生で一番楽しい時期だからなお前ら! 思い切り楽しめ! それじゃ日直、号令!」


 陽キャ丸出しの担任の言葉にヘイトを溜めながらイヤンホホを取り出す準備をする。

 日直の号令を聞いて、弾かれたように廊下に飛び出る。


「ッと、帰しませーん」


 何者かが私の襟首を思い切り掴んで、自分の方へと引き寄せる。首元に私の顔がぶつかり、ふわりとライムっぽい匂いがした。制汗スプレーかなんかの匂いだろうか。私は無臭を選ぶタイプである。香料の感じがなんか気持ち悪くなるときがあるので……。

 首を見ると青い髪である。絶対生活指導になんか言われてるだろこいつ。


「……びっくりするんだけど」


 私の呟きに、「そりゃビビらせるためにやってるからな」とニヤつきながら答えるひとつ上の少女……東山まつり。


「ククク……まつり、柊さんが困ってるから程々にね」

「困らせれば良いんだよ、こんなやつ」


 そうは言いつつ手を離す辺り、いさりさんには従順である。クソが……。

 車いすのうえに座るいかにも大人しそうな人は、意外と中身の性格は「よろしい」タイプ。副会長になった理由は体育祭に出たくないからという自分本位な女の子、石山いさりさんである。

 そしてそんな私たちを見て……あさひは絶句していた。


「………………」


 ほんまに絶句すなー! 話進まへんやろ! まぁあさひが話さなくても話は進むんだけど……なんか反応があって欲しかった。絶句はそれとして反応なんだけど。


「へー……これが『例の』幼馴染サン?」

「………………うん」

「ふーん。ま、いいや。幼馴染サン、ゆかりは私たちが借りるな、見た感じ部活の練習とか大会とかあるだろうし夏休みはこんな根暗に構ってる暇ないだろ?」


 正論パンチ! そう、この子は基本私が好きな割に家に迎えに来るしかしないのである! それだけしてたら十分? それはそう。 私のことが好きというのがそもそも胡乱ではある。……私が人に好意を持たれるというのが基本想像できない。さもしい人間で悪かったな……。


「ゆかりってこんな不良と……副会長と仲良いの?」

「こんな不良って……ゆかりぃ、お前の幼馴染はこんななのかぁ?」

「まつりはどう見ても柄悪いです本当にありがとうございました」


 私の呟きにまつりは殺意の篭った視線をぶつけてくる。や、やめろぉ! 視線のレーザービームで灰になっちまうだろぉ!?

 あさひは正常な思考を取り戻したらしく、疑問を口に出した。


「待って、ゆかりを借りるって……どういうコト?」

「そのままの意味。コイツは夏休み……一週間くらい、私たちと遊びます!」


 間から口を挟んだのはいさりさん。


「あそぶの!?」


 驚くのは私。


「まぁ何でもいいけど……さっさと家に行け。泊まりの準備をしろ」

「えぇ、まあ良いけどさ……」

「良くない! そんな勝手に私の幼馴染を盗むな!」

「盗まれるのが嫌なら、拉致監禁でもするんだな」


 あのー……公衆の面前でやることじゃないでしょ。インキャ的にはめちゃくちゃ恥ずかしいんだがー?


「……柊さんが嫌そうな顔してますし、喫茶店でコーヒーでもいかがかしら? あさひさん、でしたか? もどうぞご一緒に」

「わ、分かりました」


 あさひがてぃらてぃらこてぃらを見てくる。どういう交友関係なの? って感じの疑問だろう。応えねばなるまい。アプリでこっそり文章を送る。


『学校サボってる間に仲良くなった!』


 つねられ、冷たい声色で囁かれる。


「人が心配してるときに友達作りですか。ふーん、そうですか」


 くそ、嫉妬深い幼馴染を持つと色々困るぜ!


「いや、違うって! あさひにもわかると思うけど、なんだかんだに巻き込まれて仲良くなるみたいな経験……あるでしょ?」


 即答された。


「そんなものはない」

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