熱帯夜に焦げる。

第15話 プロローグ

 後は簡単だった。石山先輩……いさりさんとまつりの仲直りが終わって、「車いすくらい押しにこい」と言われたまつりは泣きながら頷いていたしいさりさんは私に無理やりすぎるだろと嫌味を言われて、ついでにありがとうとも言われた。

 まつりにこれで文句あるか、臆病者め! と得意げに言うと頭に青筋浮かべたまつりが私のことを殺そうとするので(ガチ)、やめろぉ! と叫びながら公園を逃げ回った。物理的にゲロ吐くまで追いかけられたけど最後の最後にまつりに抱きしめられた。


「…………文句しか言いたくないけど、筋違いだって分かってるから言わない。感謝してないわけじゃないけど、ムカつくから言わない」


 そう言って、万力のように締め上げられた。卑怯者め。

 事の顛末はそれくらいで、寝不足の私はあさひが来た時には欠伸を噛み殺しながら扉を開けることしかできなかった。


「……なんか、眠たそうだね」

「んー、夜ふかし」

「またノベルゲー? 程々にね」

「あいあい」


 そう言えば、あさひも私もお互いの交友関係をなーんにも知らない。あさひの顔を見る。心配そうだった。


「あさひはさぁ、学校の友達とどうなの?」

「急だね。ゆかりからそんなこと聞かれたの初めてでしょ」

「そんな気がする」

「テキトーだね」


 それはそう。お互いの関係に関心が無い。あさひが心配しているのはあくまで私。そうであってほしい。


「適当というか、あんまりあさひの事知らないからね、私」

「こんだけ関わってきてそんなこと言われるのか」

「小学校の友達と連絡とってる? とか。中学の頃の知り合いと仲いい? とか。今の友達とは、うまくやれてるのかとか」


 とかとかとか。とにかく、あさひにとって私「だけ」が友達だとか、深い関係だなんてことはあまりあってほしくない。

 私は不誠実な人間だから。あさひはもっとこう、視野を広げてほしい。


「言われなくても。ゆかりと違って私の交友関係は広いんだよ」

「そりゃよかった」


 ――それはそれとして、私だけが親友であってほしいなんてわがままも存在する。子供のような所有欲は時折私の心から顔を出す。

 私だけのベンチ。私だけのまつり。そんな感情も本当に大切で、私はまつりに対して、かなり強い感情を持っていて。でも、まつりから私への感情はそんなもんじゃないって。わかっていた。

 好きといえば誤謬がある。粘着質な友情というか。私が持っているかんょうは一方的な理想の押しつけだから。

 恋だとか愛だとかって話じゃない。


「ゆかりの交友関係は、どうなの?」


 あさひの問いかけに、肩をすくめる。出会って数日しかたたない割に深いところに立ち入ったあの子たちは、私のことをどう思っているだろうか。


「バカ程狭い」

「もっと人と関わればいいのに」


 人とかかわる、なんて面倒くさい。面倒くさいのに、どうにも心地いいらしいというのは。最近知ったことだ。

 心地いいと思う距離感が人によって違うらしいということも。最近知った。


 あさひは私とどういう距離感がいいんだろう。


「ね、あさひ」

「何?」

「……いや、やっぱりいいや」


 聞いたところで、分かったつもりにしかなれない。――電車は、私の心のもやもやも一緒に乗せていく。

 あさひは、まつりもいさりさんも知らない。私は、あさひの知り合いを誰一人知らない。私の秘密がひろげた距離で、私の無関心の結末としての遠い距離。


「あさひの好きな人ってさ、昔は誰だったの」

「……んー、一人しかいないよ」

「一途だねぇ」


 私なら、少し優しくされただけでころっとなびく気がする。そういう経験があんまりないから。

 私は、これから先。誰になびくのだろう。――誰に好かれるかより、誰を好きになるか。こっちの方がよっぽど大切なのかもしれない。誰かを選ばないという選択は。ものすごく難しいことだから。臆病になればなるほど不誠実になる選択肢というのは。選択難易度が高い。


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