第14話 「今までの全てが今日、この日のために」

 ……自分でやってることが、バカらしいと思うことはある。まつりが留年して、高校に留まるはずもない。どっかに転校するか、高認取るかするだろう。ウチの高校の偏差値は低くない。高認だってとれるでしょ。別に取れなくても、私は友達(のつもり)だ。

 なーんの慰めにもならない事実より、まつりの重荷が少しでも軽くなって。ついでに、石山先輩も少しは救われればいい。なんて。言い訳だ。


 私のやることは、完全。百パーセントの自己満足でお節介で、誰に感謝される謂れもない。第一、私みたいな奴のやることが本当にうまくいくかどうかも分からない。

 でも、まつりはヘタレでバカで……資格を持ってないと思っている。

 うちの幼馴染みたいな強引さは無い。引っ張り回すようなこともしてないみたいだけど。

 でも、だからこそバカ。


 ……そういうわけで。






 私とまつりの場所で、私は菓子パンとたまごロールと……りんごジュースを持参してベンチに腕を組んで座った。テキトーにスマホをいじっていると、上から声がかかる。


「悪りぃ、遅くなった……ゆかり」

「約束した覚えはないから、謝らなくてもいいよ」


 そんなことより夜食でもどう? なんて言ってレジ袋を渡す。好きなモノを選ぶといい。


「センスいいじゃん。割と軽めなのがポイント高い」

「まつりは私のセンスをやたらと褒めるね……あ、お代はいらないよ」

「いや、普通に悪いし……払うよ」


 その言葉に目を逸らす。


「事後報告で悪いんだけど……そのお詫びといいますか」

「なんだ? なんかやらかしたのか?」

「まつりの急所をぐりぐりとするようで悪いんですけど」

「……話によってはキレるけど、そんなビビるなって」


 ……だってなんだかんだ言ってもまつりは怖いもん! 見た目がこわい! 言動が怖い! 普通にケンカ強いのも怖い! 何もかも怖いんだもん! この優良不良健康児め! もう児童じゃないけど! 


「……石山先輩と話してきた」

「あー…………余計なお世話だけど。何を話してきたわけ?」

「まつりのこと」

「心底余計なお世話だな。ぶっ殺すぞ」

「やっぱり怒った! たまごロール頬張ってて凄んだって怖くないもんねー!」

「あぁ?」


 ぴぃ! やっぱり怖い! でも、負けるわけにはいかない。


「……まつりは、石山先輩とどうしたいわけ? 私は。それが聞きたい」

「……顔も見たくない。見せられない。みたら自分が潰されそうになるから」

「臆病者め」

「言っておくけど、この話でこれ以上茶化されるのは我慢できないんだけど」

「……茶化すつもりはないけど。私は、本気で言ってるんだよ。……臆病者」

「お前、覚悟できてんだろうな……?」


 たまごロールを咥えながらそんなこと言っても怖くない。怖い。恩人に、友達にこんな事を言っていいのか? 嫌われてもいいのか。……居場所をなくしてもいいのか。

 あさひの隣はキラキラした場所で、私は灰になって干からびてしまう。知っている。この子の隣。このベンチが何より居心地のいい場所で。だから、石山先輩にあんな啖呵を切ったのだから。

 でも、それでも。知ったことか。


「あんま逃げない方がいいよ。まつりの本心が聞きたい。……土足で踏み込んでる自覚も、その結末の覚悟も出来てるから。まつりが逃げ回って、臆病になればなるほど。背負う傷は重くなるよ」

「ッ、テメェに、何が分かるんだよ!」

「何にも分からない。音楽や食べ物のセンスがあって、互いに不登校気味で、幼馴染と気まずくて……でも、なんにもわかんない。…………言わなきゃ、何にもわかんねーよバーカ!!!!!! アホ! ボケ!」


 私の怒鳴り声は、震えて、情けないものだった。友達に暴言なんて……いや、逃げるな。

 まつりは人を殺しそうな顔で、こちらを思い切り睨みつけた。


「そんなに言う必要ねぇだろ! 私だって! 仲直りしたいし、謝りたいし……でも、今更じゃねぇかよ! あいつの車いすを押すのは私でありたいって思うし! できるなら足にだって、心臓にだってなりてぇよ!」

「今更じゃないでしょ。何のために、同じクラスになったのさ」

「……偶然に理由なんてねぇだろ」


 私もそう思う。わたしたちの出会いも。全ては偶然だったのだろう。その積み重ね。だから、今から言うことは嘘っぱちで。

 その嘘っぱちを本当にするのが、マジモンの奇跡だと思う。



 私は、奇跡のカードを一枚だけ持っている。


「ある。絶対ある。公園でまつりと私が出会ったのだって。石山先輩が私の先輩だったことだって……今までの全てが今日、この日のためにあったと思う」

「歌詞みてぇなこといってんじゃねぇよ」

「まつりは、乳化したチャーハン作ってる?」

「チャーハンに乳化はいらねぇよ」

「料理にはそういう手間がいるんだけどね、わたしは全部化学調味料で解決するよ」

「チャーハンにそんな手間はいらねぇよ」

「……私は、手間を省きました。後は、あなたが気持ちを伝えるだけです」


 残念だけど、石山先輩の足になるのはまつりじゃない。ゆかりだ。

 奇跡のカード。それがあるとするならば、たまたま入り込んだ喫茶店にいたバイトが車いすの少女で。縁を結ぶことができたこと。

 スマホのミュートをオフにする。ハンズフリー通話の、画面に映るのは。マイクの向こうで喉を震わせるのは。

 石山先輩の文字。石山いさり御本人様だ。


『……私もまつりも、そこの子にいっぱい食わされたみたいね』


 悔しさに滲んだ呟き。

 勝った。私は心の中で呟いた。

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