第12話 「そんなに都合よく見えますか?」
すっかり甘くなったコーヒーを一気に飲み干す。コーヒーの味なんて分かるほど飲んでないんですよね。
石山先輩は私がコーヒーを飲む様子を眺めつつ、つぶやいた。
「まつりが貴方に私のもろもろを話したのは、貴方に解決して欲しかったからなんですかね……?」
「あり得ないです」
私の即答に、先輩は目をしばたたかせ……ぱちくりした。
「あり得ないんですか?」
「お互い学校も知らなかったですし、石山先輩の名前は伏せられてましたよ。私がたまたままつりと同じ高校だっただけで」
「あー……あの子、迂闊ですからね」
そういう石山先輩は目を細めて、うっすら微笑みを浮かべた。
懐かしむ、というやつだろうか。まつりが言っていた「よく笑っていた」石山先輩はこんな顔で笑っていたのだろうか。
「知ってます? あの子、幼稚園に入る前に砂場で遊んでる時に猫のフン集めてたんですよ」
「友人の逸話が初手からイカれすぎててついてけないです」
「理由を聞いたら、臭いものは健康にいいんだ! って嬉しそうに言ってて。おじいさまが臭い青汁をそう言って飲んでたから……クカカカカ」
笑い方……金持ちの娘がそんな悪役のジジイみたいでいいのか? まぁ別にいいけど。おほほほほとか言えないのかこの人。余談ですが私は持久走でおろろろろってなったことがあるよ!
それはさておき。その話の続きってひょっとして……。
「で、ねこのうんちっちは……」
「あの子、泣きながらうんこなんて食べられないって言い出して……クククカククク、ケッケッケ、ハァー! あの子は本当に人を笑わせるのが上手なんですよっ!」
その笑い方で言うとアレです。悪役がお前を倒すって言われた時のセリフっぽいです。
というか、まつりよ……お前がヤバすぎて先輩笑ってるだけじゃねえかよ。なーにがよく笑うだ。どいつもこいつも……。てか、この人普通にまつりのことめちゃくちゃ好きじゃない?
「……先輩、実はまつりに会いたくない理由……嘘ついてませんか?」
「ヒィ、腹痛い……へ? あの子のせいで嫌なことを思い出すのも事実ですよ」
「思い出すの『も』、ね」
「何が言いたいんですか? テメェ」
あれ、私ヤクザと話してましたか……?
「貴方がまつりの不登校をよく思っていないのは事実ですよね」
「まぁ、そうですね」
「貴方がまつりのことをいまだに好ましく思ってることもどうせ事実です」
「言い方が気に入りませんね」
「でも、まつりにどうすることもできない」
「……それは」
答えなんてはっきりしていた。魔神はなんでもお見通しなのだ。
「足の不自由な貴方がまつりにアクションを取れるとしたら学校かここだけ。まつりは貴方の家族に嫌われているらしいですしね? それなのにまつりは学校に来ない。貴方はそもそも『何のアクションも取れない』」
「あんまそーゆーのハッキリ言わない方がいいですよ、気分悪いです」
「ごめんなさい」
配慮に欠けていた。あまりに石山先輩が自然体すぎた。動く手段のない人間に対して直接そういった物言いをするのがいいわけがない。
「――誤りはないけど。私があの子のことをまだ嫌っていないのと、顔も見たくないのと、それはそれとしてあのこが要らないものを背負っていることは。それぞれ成立しますよね」
「それはまあ、そうです」
「じゃあなんなんですか。柊さんは、私とまつりの間を取り持ってくれるとでも言いたいんですか?」
じれったい様に、悪態のように言葉を吐き捨てる石山先輩。私は、その言葉に口角が上がりそうになる。生憎、私はそこまで善人ではないのである。
ふぅ、とため息をつく。
「別に。……そんなつもり、ありませんよ。私がそんなこと、そんなお人よしみたいなこと。するわけなくないですか。――そんなに都合よく見えますか?」
「見えないですね。じゃあ、何のために私に話しかけたんですか」
その答え。それは最初に言った通り。私は、まつりと同学年になんてなりたくないから。高校で留年する人間のほとんどが、転校することを知っているから。細く弱いつながりを、それだけで終わらせたくないから。弱虫で意気地なしの私の隣にいてくれたまつりと、その短い時間がすごく有難いものだったから。動いている。私は、自分とまつりのために動いていて。
石山先輩は、飽くまでも手段に過ぎなかった。
でも、石山先輩は使えない。顔も見たくないと思っているくせに、まつりとの思い出を愛しく思っているような、矛盾した人間がまつりと出会えばどうなるか。
自分の気持ちに嘘をついて、好きな人間を嫌いなふりをしようとするどうしようもない幼馴染に、まつりがこれ以上傷つけられたくない。だから、方針変更である。
「――最初は、まつりと話してもらうために来ました。でも、もういいです。今の先輩じゃまつりを傷つけるだけです。……だから、まつりは私一人で何とかします」
石山いさり。お前なんかに、幼馴染ごときに。私の友達は。支えさせてなんてあげない。これは、私なりの宣戦布告で、ある種の略奪宣言なのかもしれない。
「石山先輩はずっと思い出の中でじっとしているまつりを想ってにちゃにちゃしててください」
あのベンチだけじゃない。あの子の隣は私だけだ。
――ダサいリストをつくって音楽を聴いて、態度が悪くて、髪の毛を染めていて、印象がきつくて、普通に人を投げ飛ばせて、不良少女で、少し寂しそうで、でも私なんかに構ってくれる優しい人間。
私は席を立つ。先輩に不敵に笑った。
「コーヒー、ごちそうさまです」
「――別に奢りませんが?」
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