先輩編

第10話 「嫌いじゃないけど。イヤですよ、フツーに」

 久々に学校に来て、しかも遅刻して。その上さらに、クラスの人気者と一緒に。……なんか、辺な注目を浴びている気がする。


「ね、あさひって……柊さんとどーゆー関係なの?」

「んー、友達……幼馴染? 家が近くて昔から交流のある関係といいますか」

「へぇ、なんか意外」


 別にあさひの家の横に根暗が住んでいても意外じゃなくね? 隣じゃないけど。

 それが意外だと思うならアレか? 向日葵の花壇の土の中にはミミズとかダンゴムシとかがいないと思ってるのか……? あさひがどこに住んでいようが壁の裏にゴキブリは暮らしてるはずだしなんなら妹がインキャだったりしても意外じゃなくないか? ふーん、そうなんだじゃない? あいつらの頭の中は逆に何が意外じゃないんだ? 目の前のもの以外全部意外なんじゃねぇのか? あぁん?


「ん、どうしたの柊さん」

「えっ、いや、何でもないです……」


 内弁慶(自己意識内でしかイキれない)。柊家の恥晒し。膨れ上がった自意識でいずれろくに呼吸することすら忘れてしまいそうな気がする。

 ってかみんなしてあさひに話しかけて私には話しかけないんだな! 話しかけられても困るけど! クソが! ふて寝してやるもんねー!!!!!







 放課後。むむむ、と私は教室で唸っていた。なにがむむむだ。というのも、なんだかんだ言ってまつりが無事に高校卒業できるように……しょうもない理由で不登校するのをやめさせたいわけだ。

 あさひに生徒会について聞くと、どうやら副会長は下半身不随ではないらしい。一時期その危険性はあったが、何とかなったとか。まつりはその峠を越える前の話を聞かされて、そのまま情報更新していないっぽいね。古すぎる教科書読んでるみたいな気分だ。擁護とか定義が古いやつ。phはとっくの昔にぺーはーって言いませんよ! ドイツ人はずっと言ってるだろどう考えても!


「科学用語とか定義の変更とかバリ糞ややこしいもんね」


 つぶやきつつ、考えを再開する。とりあえず、まつりと副会長……石山いさりだっけか、この二人を仲直りさせないとなぁと思った。

 重い腰をあげながら。これはお節介で、誰にも望まれていないことだと思いなおす。唐揚げにレモンをしぼってやる。それはそれで美味いでしょ? なんて。頼まれてもないことをやってやる。――恩返しになるか、仇で返すことになるか。でも、そうだな。

 目つきの悪い少女の居場所が、座り心地の悪い公園のベンチだけというのは寂しすぎる。







 とはいっても、先生に生徒会がどうとか聞いたら第一書記とか総書記とか書記長とか国家主席にされてしまうかもしれないので、私には生徒会への伝手が一切ないのである。石山先輩とつながる伝手など一切ない。そう、まつり以外は(絶縁済み)。まつりも伝手になってねぇじゃねーか! なんだこいつら……。

 仕方がないので本屋で時間を潰す……といいたいところだが、先日既に漫画を買いあさってしまったのでお小遣いが足りません。喫茶店でオシャレにラノベでも読みながらなんか思いつくのを期待するか~~~!!!(無策)


「う、うぃーす」


 適当にぼそぼそ呟きながら、喫茶店に入る。個人経営の渋い喫茶店である。どれくらい渋いかというと、日本茶くらい渋い。知らんけど。


「オリジナルコーヒー、アイスで」


 私は冷たい飲み物じゃないとなんか飲んだって感じがしないのである。のどを通るものがぬるいと水分補給をした気分になれない。


「どうぞ、アイスコーヒーです」


 ぽん、と置かれたアイスコーヒーに手を伸ばそうとして……店員をちらりと見る。車いす。黒髪ボブカット。たれ目眼鏡。ナチュラルメイクの美人様。


「あ、副会長だ」

「……ここではバイトの石山です」

「バイトの石山だ……」

「急に呼び捨てにされるとそれはそれでなんか嫌ですね」

「こっちは客やぞ……いえ何でもないです先輩」

「お前、後輩なんですか……」

「いや、まあ、へへへへへ」


 愛想笑い。愛想ってなんだ。お前にはほとほと愛想が尽きた! 会計の事だっけ? まあいいや。伝手は転がり込んでくる。

 私は、震える声で声をかけた。


「そ、そのぅ、実は副会長に用事があったんですよ」

「へ? 私がバイトしてるの知ってたんですか一年小僧」

「小僧じゃないですし、偶然ですけど……」


 そういうとムムムとうなってから、でかい声で店の奥に叫び出す。


「どうせ客居ねえしちょっとサボってもいいですか!?」

「サボるなら堂々じゃなくてこそこそサボれ!」


 返事がバカ。わかった、ここやばい店だ。オリジナルコーヒーはネスカ〇ェそのまま使ってる系の適当な店だ。騙された!


「で、何の相談です」

「えぇと、まつりにかんしてといいますか……」

「祭り……文化祭か何か?」

「いや、そうじゃなくて……東山の方です」


 そういうと、しばらく先輩は沈黙した。そして、ゆっくり口を開いた。


「あの子が、不登校になっていることに。私が関係あると?」

「……いや、あいつの勝手な気持ちだけど。それを解決するための手伝いを、してほしい」

「お断りしたら、どうなりますかね」

「まつりが留年してしまいます」

「たしかに、留年は気まずいですわね……」

「でしょ、だから、お願い」


 今度は、食い気味の返答だった。


「嫌ですよ。会いたくないです」

「――それは、まつりが先輩を守り切れなかったからですか?」

「ええと、中学の話? 守るとかそんなのは期待してませんよ。友達は守る守られるの関係じゃなくて、一緒に遊んだりする関係性なので」

「じゃあ、どうして。嫌い、何ですか?」

「なんというか、答えずらい話ですわね……守るとかそういうのは教師とかがぼんくらだったって話でして。私は、あの子に含むところは一切ない……むしろ、申し訳ないとすら思いますわ」


 余計なものを、背負い込ませてしまったのだから。言外にそういう先輩の気持ちは、少しわかるような気がした。


「でも、あの子と会ったら。嫌でも思い出すものがあるでしょう? 中学でのこと。気にしてないというには最近過ぎますし、辛くなかったと言えばウソになります。あの子は、まつりは……嫌な記憶を思い出すきっかけだから。私の視界には、なるべく入ってほしくない」


 残酷すぎる言葉で、でも、そうかもしれない。自分勝手で、まつりが悪いわけじゃない。でも、先輩だって何もかもを笑って許せる聖人じゃない。よく笑うと評した誰かのことばは嘘であるかのように、冷たい言葉で。先輩は言い切った。


「嫌いじゃないけど。イヤですよ、フツーに。まつりなんて、もう顔も見たくない」

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