第8話 「私たちって、何なんだろう」

 今度は、まつりのターンだろう。そう思って、言葉を待つ。まつりは、しばらく黙っていた。


「――私の友達にさぁ、バカが一人いたんだよね。いつでも笑って、くだらないことで笑って、自分で言ったつまらねぇことにげらげら笑う大馬鹿がさ」

「やばい人では?」


 私の突っ込みに、そうだなと口の端を吊り上げた。まぁ、そうだな。なんて言って。


「でもさ、中学ン時に、いじめられたんだよ。そのバカ。――別に、大した理由なんかなかったんじゃないかな。家が金持ちだとか、いつもへらへらしてるとか。そんな理由だと思う」


 いじめ。私が受けたことは無い。それはきっと、運がいいだけ。標的にならなかっただけ。いじめとやらが、どれだけろくでもないことかは体験も目撃も必要ない。人の死体を見たことが無くても、死というものを人は忌避するし。虎に噛まれたことが無くても虎と同じ檻に入るのは怖い。いじめは、死でも虎でもないが、とんでもなく恐ろしいものだ。トラウマになる程度には。


「結局、いじめはちゃんと発覚していじめたやつらの家族はバカみたいな賠償金払わされることになって、でもあいつも転校して私の前からはいなくなっちゃった」


 一呼吸おいて、まつりは続けた。


「階段から落ちて、下半身不随。ふざけるな、って話だよな。そんな目に遭わされて、そんな学校のやつと娘を会わせられるワケないって。そりゃそうだ。私は、いじめから守ることはできなかったからな。無力ってやつだ」

「……重すぎる話をされている」

「お前にとってはなんてことない話だよ。私にとっては重荷かもな」


 そんな言いぐさをするなら、はじめから語るなよ。少し腹が立つ。だが、所詮は暇つぶしってことにしよう。


「で、ここからが私の不登校の原因なわけだけど」

「はい」

「高校で転校していったはずのそいつと出くわす羽目になった。車いすの」

「はい」

「……気まずいっしょ」

「…………同じクラスでしょうか」

「はい」

「うーん、気まずい」

「今さら蒸し返すのもどうかと思ってな」

「それはそう。本人的にはきつい話……って、ちょっと」


 車いすの高校生。知っている。生徒会副会長では?


「ひょっとして、まつりって二年生ですか?」

「え、まぁ。高校って意味ならそう」

「三舟高校の?」

「ああ……って、お前もしかして」

「……」


 思ったことを素直に言葉にした。


「まつりって、派手な格好のわりに頭いいね。あそこ偏差値60ちょいあったくね?」

「いや、それを言うならお前も……いや、地味だし見た目なら頭いいのか」

「名実ともなってるんだな」

「団栗の背比べだろ」


 顔を見合わせる。


「敬語、いりますか?」

「いまさらだろ」

「副会長の話でしたか?」

「まぁな」

「あなたの友人ですか?」

「ランプの魔人じゃねぇか。一時期はやったなそれ」

「やった! 魔人は何でもお見通しだ!」

「いや、当てたの私の方だろ」


 ばかばかしい、と首を振って。まつりは東の方を見る。空が白んでいた。


「良い暇つぶしになった。ありがとな」

「……まつりも、あんまり逃げないほうがいいよ」

「お前も。あんま幼馴染から逃げ回らないほうがいいな」


 お互い様だ。


「私たちって、何なんだろう」

「さぁ? ……なんだっていいだろ」


 ごもっとも。

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