第7話 「勘違いすんなよ」

 メッセージ、十八件。無視する気? とか。まだなんか嫌なことあるの? とか。いろいろ並んでいる。心配性な幼馴染だ。……すべて解決したんだから、今度こそ「ホントにさぼってるだけ」だと思ってくれればいいのに。なんて。

 心配をかけている側が言っていいことじゃない。相手の方が正しい。その正しさは、私を救わない。


 ただ今の時刻。深夜二時。――バイブレーションであさひから電話が来ていることに気づく。思わず取りそうになって……別に、とっても困らないなと気づく。


「こちらの番号は現在使われておりません。御用の方はピーとなってからご用件をお伝えください」

「――返事くらい。せめてさぁ、既読くらい。つけてほしいな」

「いやぁ、億劫になると全然メッセージとか返す気にならないんだよね」

「……じゃ、強制はしないけど」

「理解のある幼馴染で助かる」

「私は一向に心が休まらないわけだが?」


 スマホをスピーカーにして、寝間着を脱ぎ捨てる。


「まぁ、あさひには世話になってるからね。なんというか、悪いとは思うんだけど……」

「世話した覚えはないけど、まぁ」

「で、あさひって部活してるじゃんかぁ」


 パーカーとジャージ。ダサいが、夜だし。誰もいないし。そもそもダサいかどうかを気にしたことが無いし。奇襲ってやつだな。夜襲でもある。靴下をはいて。あくびをかみ殺す。


「私の部活がどうしたの」

「一緒に帰れないじゃん。学校行く気にならない」

「はぁ、そんなことで……」

「そんなことだよ。じゃ」


 切る。ぷっつん。少し薄情だな、とは思わなくはない。でも、夜の電話なんて。私の趣味じゃないし。第一、私のサボり。気にする必要はない。きっかけはあさひなわけですが。今は私がサボりたいだけ。

 もちろん。あさひが私のことを気に掛ける理由はよくわかる。愛の告白をされたのだから。心配で仕方が無いのだろう。色々申し訳ないと思う。ほんとに。でも、申し訳ないからとか、そういう罪悪感で付き合いを続ける方が、不誠実な気もする。私は私で。あさひはあさひで好きに動けばいいのだ。

 こっそりと家を出る。鍵をかける。目的地は決まっている。例の公園。私は遊具のぱんだからパンダ公園と呼んでいるが……。コンビニで飲み物と焼きそばパンを買って。夜道を歩くのは怖いから、自転車でびゅーんと。


「――ふぅ」


 自転車を停めて、ベンチをちらと見る。そこには、意外や意外。ちゃんといた。インナーカラーが印象的なダウナー系。東山まつり。


「……」


 目を閉じてヘッドフォン。不登校の女子が夜の公園でしていいことではない。防犯意識が低すぎる。注意喚起してやろうか――。私って、もっとコミュニケーションに消極的だった気がする。コミュ障という言葉はあまり好きではないが、そう。コミュ消だ。それが、まつりにはやけに絡みやすい。どうしてだろうか。そっけない対応をしてくるから、だろうか。あるいは。

 かかわりのない、別世界の住人だと割り切っているからだろうか。他人にはぶちまけられる。そうだとしたら、私の性根は随分とひどい。まつりは、そんなに悪い奴じゃないのに。

 あって間もない人間が悪いやつかどうかなんてわからないけどね。私は、まつりの脳天にチョップを落とした。


 その刹那。


 まつりの身体がぶれ、私の視界はぐるりと反転し。地面へと叩きつけられた。


「いい度胸だな、私に手を出そうだなんて……って、あれ。ゆかりじゃん」

「いっでぇ。強くないと夜半の外出は許されねぇのかよ……」


 なんだそりゃ、と呆れた目を向けながらまつりは私に手を伸ばす。私は手を借りながら起き上がり、レモンティーを渡す。紙パックをかわなくてよかった。


「ほれ。飲むといい」

「お。気が利くじゃん。さんきゅ」


 私はミルクティーに口をつけながらベンチに座る。まつりはちゃっかり焼きそばパンの袋も開け、美味そうじゃんといいながらパンを二つに割く。


「ほら、はんぶんこ」

「……ちょっとまって、手洗ってくる」


 土塗れの手でパンが食えるか! まつりのせいで服まで土塗れ。まるで人間泥団子である。公園の水道水で手を洗うのは随分久しぶりである。


「ぬるい」


 ベンチに戻って、焼きそばパンを頬張る。無言、無言、無言。


「なあ、何でお前は――ゆかりはさ、学校に行こうと思わなくなったわけ?」

「ん」

「食べきってからでいいよ」


 忍びないな。ミルクティーで無理やり焼きそばパンを飲み込むと、ふぃーと一息つく。一言で表すなら。


「逃げたいなって思った。それだけ」

「それだけってことはないだろ。私にはいろいろあったわけだし」

「色々って?」

「私が聞く方だったつもりなんだけど……ま、いいよ」

「待って、いじめとか重い話とか出てきますか?」

「出てくる」

「じゃあ私が先に話します」


 またもや呆れ。なんなんだよお前、と言いたげな目線。


「なんなんだよお前」

「あー、ゆかりです」

「知ってるよ。漫才やってんじゃねぇんだぞ」

「へへへ」

「何笑ってんだ」


 ますます漫才である。じゃなくて。


「割と軽いから、先に話をしておこうと思いまして」

「あっそ」

「事の始まりは小学校までさかのぼろうと思います」

「まて、長くなるんじゃないのそれ」


 夜はまだまだ長いじゃないか。暇つぶしに私を求めたのはほかならぬまつりだ。私の長話をとめられる謂れなどあってたまるか。

 暴走する私のマシンガントーク。


 意外にも、ちゃんと聞いてくれた。


 話し終わった後、まつりは一言。


「別に。小学校から話す必要なんてなかっただろこれ。――でも、軽いともくだらないとも思わねェよ。ゆかりがその幼馴染に振り回されて傷ついたのはよくわかった」

「でも、私だって傷つけてるんだよ」

「そんなこと、私には関係ないだろ。……少なくとも、好意の裏返しであろうとも。邪険に扱われたお前の傷に関してお前は悪くないよ」


 思わぬ言葉に、少し心が熱くなる。


「まつりは、意外と優しいね」


 少しの沈黙。そして、呟かれた。


「暇つぶし、だ。――勘違いすんなよ」

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