第6話 「お互いさまってことで」

 好きです。音楽の話ですが。私の言葉に、ずいっと顔を近づけてくる不良。くそ、顔がいいせいで直視できない。悔しい。


「わたし、東山まつりっていうんだけど! このバンドなら何が一番好きなわけ? やっぱり今かかってるの?」

「え、ぇえと、音楽とかそこまで詳しくないんですけどぅ……このバンドならこれとか……」

「あー、ちょいちょいいいなってのを聞くだけみたいな感じ? でもセンスいいじゃん。このバンドならこれも良いよ……」


 そう言いながらスマホをこちらに向けてくる。同じ音楽アプリ。リストの名前は「まつリスト」。絶望的なセンスである。ほんとにこんな奴の聞く曲がいい曲なのか?

 未だに音楽を止めないスマホの再生停止を勝手に押しながら、まつりはイヤホンを渡す。


「いっぺん聞いてみ?」

「あはは……」


 イヤホンを耳に当てる。心地よい爆音。ギター。ドラム。ベース。パーカッション。楽器の名前なんてどうでもいい。私の薄っぺらい、教養の抜け落ちた心に染みる歌。叫ぶボーカル。ふぅ、と小さく息をつく。


「聞いたことある。てか、私のリストにも入ってるし」


 スマホをまつりに見せてやる。目を細めて、くくくと笑う。


「ふぅん、アンタ。ゆかりって言うんだ」

「そう言えば、まだ名乗ってませんでしたね」

「別に。敬語なんていらないよ」

「あ、そう? 見た目が派手だから怖くて……」

「ははは。確かに」


 でも、かっこいいと思うよ。とは。言えない。大学ならどこにでもいるかもね。これも言えない。私のセンスは、人を怒らせる。


「――こ、子供の頃さぁ、公園で『ここは私のだから使っちゃダメ』とか言わなかった?」


 私の言葉に、まつりはにやりと笑った。


「ゆかり。アンタ、面白いな。――つんけんして悪かった……でもさ」


 どうして、怖いと思ったやつに話しかけたわけ? その言葉に、私は一瞬目を迷わせて。挙動不審はいつものことだけど。

 へらへらと笑う。


「寂しかった、から。話し相手が欲しかったんだな」

「へぇ。学校にも行かずに寂しがってるんだ」

「まぁね。どうせ、学校で話す相手なんていないだろうし」

「ま、そうだね。私も学校じゃいまいち馴染めてない」


 そう言って笑うまつり。私の脳裏には、あさひが一瞬だけよぎるけど。私のことが好きで好きでたまらない幼馴染は、事実として生きてる世界が違う。

 私は、目の前のド派手な不良の方が自分に近い気がしてしまう。あさひは。結局、私と――。


「……なんというか、公園で知り合うって。ずっとずっとガキの頃みたいだよな」

「へ、あぁ。今も私はガキだからなぁ」

「違いない。私も、まだまだ現役のクソガキだわな」

「このベンチもまつりのものにする?」

「――じゃ、こうしよっか。私とゆかりのもの」


 悪戯めいた顔に、なんとなく腹が立って。わき腹をつっついた。


「やめぃ!」


 頭にチョップ。目から星が飛び出る。頭を押さえながら、笑う。


「……なぁ、もしさ。不登校をゆかりが続けるなら。また、ここに来いよ。私も暇しなさそうだ」

「ま、不登校を続けるかはわかんないけど……そうだね、家にいても気が滅入るだけだし」


 言葉を並べながら。あれ、と自分でも疑問が浮かぶ。私って、こんなに饒舌だったっけ? こんなにぺらぺら話せるタイプだったっけ? なんというべきか。他人だから、話せているのだろうか。相手がぐいぐい来るからだろうか。

 いや、似ているからかもしれない。私の、最初の友達で。話しかけてきた人間。


「私はもう学校には行かないだろうから。いつでも来いよ、ゆかり」

「それなら、連絡先を交換したらいいんじゃない?」


 私の言葉にそれもそうだなといいつつ。首をたてには降らなかった。


「なんだかさ、いつもの場所で集まって話をするって。よくない? メッセージじゃ、味気ないよ」

「対面コミュニケーション至上主義のオッサンかよ」

「そうじゃなくてさ! ……私はさ、待つのが好きなんだよ」


 少しわかる気がする。幼馴染を待って本屋で立ち読みしたことがある。待つのは嫌いじゃない。早く過ぎろ、ともうちょっとだけの重なる世界。要するに、メッセージでのやりとりは無粋だと。


「まつりって、変な奴だね」


 そう言うと、舌をちろりと出して。笑う。


「アンタも十分変だよ。――ま、お互いさまってことで」

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