不良編

第5話 「別に、座るくらいいいけど」

 とはいっても学校に行く気になんかならないんだよな~~~~~!!!! 翌日。家を飛び出したのはいいものの。

 ま、この時点でジャージとデニムなわけで、全然学校なんて行かないつもりだった。制服で街を歩くと警察に呼び止められるし、通報されるリスクもある。――私がされたことはないよ。

 でっかいヘッドホンを耳に当てて、大爆音で音楽を聴く。サブスクでつくったプレイリスト。名前は「ゆかリスト」。センスいいね。

 いいわけねぇだろぶっ殺すぞ。



 学校に行かない、という選択肢はマジでろくでもないなと思ってしまう。初日に感じた罪悪感めいた何かもすっかり薄れ、行く方がだるいという事実に気が付いてしまうのだ。――つーか、授業寝てるしいったところでなんだよなぁ。

 近所の公園でベンチに座ってスマホをいじる。ぴろりん。メッセージ。あさひ。


『なんで今日も来てないの?』


 未読無視。完全にさぼり。全っ然行く気がしません(笑)とか送ったらどうなるんだろ。明日から可愛い幼馴染が迎えに来てくれないかなぁと夢想してから――。女の子として女の子に好かれていることを思い出して思わずにやける。

 俺にベタ惚れの幼馴染が可愛くて陥落してしまいそうです。みたいな。古本屋でたたき売りされているラノベですか? ――陥落なんてしない。私の気持ちは百パーセント友情。対等でありたいという気持ちも。仲良くしたいという気持ちも。可愛くてうらやましいという気持ちも。最近話せなくて寂しいという気持ちも。すべて。すべて、あさひが好きだからだけど。

 その好きは、欲しがらない。キスも、手をつなぐことも、ボディタッチも、やさしく耳にあまがみされることも。……私が恋に抱くイメージと。あさひに向ける感情は。何一つとして交わらない……少なくとも、今は。


 今は、というか。一生人を好きにならない気がする。性的な意味でね。


 空には能天気に太陽と雲が浮かんでいる。うっすらと亡霊のように、月ものぼっていた。




 サンドイッチを買いに、少し公園を離れた。それだけなのに。公園のベンチには、誰かが居座っていた。

 ウルフヘアに、インナーカラー。青。かっこいい。耳にはピアスがじゃらじゃらと。ジャラジャラではないけど。耳の軟骨の、ほら。上部分についてるトゲトゲみたいなやつ。銀色でなんか痛そうなやつ。ああいうの、なんて言うんだっけ? グリ下? トー横? 不良? チンピラ? メンヘラ? 糖質? わかんないけど。……健康不良優等生。みたいな。だが、おかげさまで私はアボカド野菜サンドと、コーラを持って立ち尽くしている。

 よく見なくてもこの不良は、なんというか。怪しい魅力。みたいな? ダメな男に引っかかりそうな幸の薄さを感じる。バンドマンについていきそうな……。


「何、アンタ」

「ひょっ、へぇ?」


 変な声が出る。笑ってしまうくらい間抜けな声。その声に、呆れたようなジト目を向けてくる。なんだ。不良のくせに。学校行ってないくせに。人に呆れるんじゃねぇ! やめ、やめろぉ!


「別に、座るくらいいいけど」

「へへへへ、座るだけじゃなくて食べちゃうんですよね」

「いや、いいよ。私のベンチってわけじゃないしね」


 案外、というべきか。予想より低くてきれいな声で、不良は場所を空けてくれる。私はサンドイッチを頬張る。

 そう言えば、公園という公共の場のくせに「ここは私のなの!」とか言ってるバカなガキがいた。私である。年上にボールをぶつけられて泣きながら帰ったのを思い出す。

 隣の不良に、声をかける。不良だし、案外友達を求めているかもしれない。


「子供の頃さぁ、公園で『ここは私のだから使っちゃダメ』とか言わなかった?」

「あぁ? 話しかけてくんなよ」


 求めていなかった。私は目線をそらし、サンドイッチを食うことにした。ヘッドホンを耳に当てる。音楽をかける。くそでかい音が、公園に響き渡った。


「ぶ、ブルートゥース未接続……だと?」


 というかヘッドホンの充電切れてました。私も久しぶりにキレちまいました。来いよ、屋上に……っ! というか、隣のやつが騒がしい音楽にキレちゃいないか? もうサビまで来ているのに音楽を私は止めていないわけだが……。


「――へぇ、いい趣味してるじゃん。好きなの、そのバンド」


 バンドは好きだけどお前は嫌いだよ! バーカ! 不良!


「ぇ、まぁ……好きです」


 言えたらよかったね~!!! 度胸、ナシ! 弱い私を許してくれ……ッ!


 バンドの、「言いたいことがあるならはっきりしろ」という歌詞が心に刺さる。失血性ショックで手遅れになりそう。コーラを思い切り飲んだ。炭酸がのどに痛いくらいだ。

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