第4話 「ごめんなさい」

 つぶやかれた言葉。ぽつりぽつり。慎重に、というよりは。戸惑いながら。だろうか。何を思っていたのか、言語化できていない。ただ、私から関係を切るような言葉が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。


「――私は、確かにゆかりの話とか。趣味とか。全然興味ない。まあ、ちょっとくらいゲームはするけど。ゆかりみたいな、何人もキャラが出てきて、延々と話してるのを見るみたいなのとか……何回も死にまくって攻略法を見つける、みたいなガチ? のゲームはやる気しない」


 最近のオタクはノベルゲーとかする人も減ったよ。あさひみたいにソシャゲや人気タイトル触ってるだけの人とかそこそこいるし。まあ、私も最近は積んでるから人のこと言えなかったりするよね!


「それでも、ゆかりの話を聞いてたのは。……私が興味あったのは、ゆかりだったからだよ」

「……体目当てで適当に話を合わせてたってコト?」

「――こういう話で茶化されるの、めちゃくちゃ腹立つね」

「ごめんなさい」

「一発殴らせてくれる?」

「……グーは殴りなれてないと拳を痛めるよ」

「ふぅん、じゃぁ」


 パーで。そう言い終わる前に平手が頬を打つ。ぱっちーん、と子気味のいい音が鳴った。痛い。めちゃくちゃ痛い。でも、頬の熱は。それだけじゃない。私自身に関心がある。なんて言葉は。モルモットだったり、体目当てだったりするときの言葉じゃないから。そういうことを他人に言われることは、人生で一度もないと思っていたから。


「体目当てで適当に話を合わせたことは無いよ。でも、体が欲しくないかって聞かれたら嘘になる。――私はね、ゆかりの何もかもが欲しい。時間も、体も、心も。ゆかりのことが、人として以上に、性的対象として強い好意を抱いてるんだ」

「――ぁ?」


 顔に熱が昇っていく。こいつ、言いやがった。嘘つけ。つけつけ。嘘だぁ。いや、嘘じゃない。こんなところで冗談言う人じゃない。でも、でもさぁ、おかしくない? あんな冷たいこと言わんでしょ!? 好きな人には好かれたいもんじゃないの?


「いや、でも学校でも全然話しかけないし……」

「気持ちを自覚したのが、中学卒業の少し前で。意識しちゃうと、どうしていいかわかんなかった」

「酷いこと言ってくるし」

「気持ちの裏返し……いや、卑怯だな。気持ちがばれて、嫌われたくなかったから。逃避した。嫌われたんじゃない、嫌いになったんだって思いたかった。ごめん」

「いや、てか、ふだんあさひの周りにいる子の方がよっぽどかわいいんだけど。私のこと好きになる要素、ある?」

「……顔だけで選ぶなら、ゆかりじゃなくてもいいね」


 うーん、正直。でも磨けば光るとかちょっとだけ言って欲しかったよ! いや、お世辞言われてもむかつくんだけどね。あさひは美人さんだからなおさら腹が立つ。複雑な気持ちにさせられる。


「もうちょっとおしゃれすればいいのにとは思うけどね。言っちゃなんだけど可愛くなろうと思えば誰だって可愛くなれるよ」

「――あさひは年々可愛くなっていくもんね」


 私の言葉に少しまごつきながら、顔を赤くして。そんなの関係ないし、とか本題じゃないし、とかでもありがと、とかぼそぼそ言っている。やはりかわいい。

 さっきやらかした私が言うのもなんだけど、茶化しというものはいつでもはいる。自己評価の高い人間は噛みついたり、あっさり流したりできても。自己評価の低い人間にとって、周囲の反応というのはかなり大事な要素で。色気づいたな、とか。やっても無駄だ、とか。色々言われると、かわいくなろうなんて思えなくなる。

 誰だって可愛くなれるなんて断言できるあさひは「できる側」なのだ。だって、希望に満ちた言葉を投げかけられているのに。私の心は「だって」と「でも」で溢れかえる。ダメな奴なのだ。本質的にできない子。


「ともかく。私はさ。柊ゆかりと長く一緒にいるうちに、なんというか、好きになってたんだよ。理由を言えるような感情じゃなくて。それで、受け入れられるとも思ってなかったから。ごめんね」

「別に、もういいよ」

「……できれば、できればでいいから。お話とか。またさせてほしい」

「オタクに思われないような話題、見つかんないけど」


 チクリと刺してやる。でも、刺さったのは私の方で。あさひの顔は、言わなきゃよかったとごめんなさいがごっちゃになって、ぶん殴られたような顔だ。そこまで強く心を揺らす言葉だとは思っていなかった。


「いや、ごめん。言われた時はめちゃくちゃショックだったけど、もう気にしてないからさ」

「ほらぁ、気にしてるじゃん。ちゃんと傷つけちゃってるじゃんかぁ、学校休むくらいには嫌なんでしょぉ?」

「うん。あさひに嫌われたと思ったら涙が止まらない程度には」


 素直に白状すると、途端にニヤニヤし始める。


「へへへ、そこまで思われてるとなんというか、普通にうれしいな」

「重いでしょ。ただの友達だよ」

「……それでもいいとは言いにくいけど、でも重くてだるいとはなんないかな」


 そう言ってあさひは私に抱き着いてくる。

 誤解は解けたけど。告白の返事はできてなくて。でも、少なくとも友達未満の関係性はお互い望んでないらしいから。

 それは、少しうれしい。

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