第3話 「あほくさ。やってらんねぇわ」
学校をさぼるのは、これで二日目になりそうである。……というか、もう全然行く気がしません。明日も明後日も、家でボーっとしていたい。同じものが好きに見られるのが嫌とか。オタクが嫌とか。
そんなの、どうでもよくないですか? 友達と「一緒に見られるのが嫌」って、どういうことですか? というか、オタクって何でバレてるんですか? 私、学校で全然ラノベもアニメも、なんなら推しのグッズも家に飾ってるだけなんですけど? え? 匂いとか? そういうのでオタクってみなされてるんですか? 私、いつオタクってばれたの?
……ひょっとして、あさひの周りのはしゃいでる系女子にとって、「オタク」ってなんか暗くて友達いないやつ程度でしか使われてないんじゃないでしょうか? もう二十一世紀も五分の一近く経っているのに、そんな雑なオタク認識でよろしいんですか~!?!?!?
「あーあほくさ。やってらんねぇわ」
学校にもろくに通わずに、なにを「やってられない」のか。浅漬けをぼりぼりと食べる。人間関係だ。他人のことをろくに理解もせず、私自身理解するつもりもなく。やるやらないというか、そもそもできる土壌にもない。――私は、小学生のころから。あさひのことを理解しようとしていただろうか。
思い出すのは。ひとりで、ぺらぺらと読んだ本を得意げに話していた私の姿だけで。あさひはうなずくだけ。……私は――。独りよがりに、自分をぶつけることでしか他人とコミュニケーションを結べない、ゴミみたいな気色の悪い人間なのかもしれない。
他人の意見を受け入れる度量もない。それを他者に投影して「こいつだって人を受け入れる度量なんてない」と思い込んで、殻にこもって、ただでさえ小さい器にひびを入れる。
途方もない自己嫌悪。あさひからの拒絶は、初めてだった気がする。それをうけて、あさひがすごく優しかったことに気づく。私なんかに。私なんかに。
一時間目が始まる時間に食べる朝ごはん。優越感より、罪悪感である。
不甲斐なく、情けない食事。卵スープを啜る。
「……あほくさ」
つぶやいた言葉。一人だと気分が落ち込む一方だ。ま、学校行っても一人だけどね!
「あーあほくさ」
スマホを開いて、連絡を送った。
『これからは話しかけないようにします。色々考えた結果、随分申し訳ないことを積み重ねてきた気がします』
縁を断つには、悪くない文章だと思う。飯を食べて。一息ついた。うーん、ますます学校に行くつもりがわかない。まぁ、退学にはなりたくないし。行くか。お昼から。
なんて、思っていたら。
玄関のチャイムが鳴る。居留守だ居留守。
「寝るか」
『居留守やめろ』
連絡が来た。……うーん。あさひしか友達がいなかったので、連絡すなわちあさひか家族である。既読をつけてしまった。
『はよでろ』
「……なんか、圧強いな」
仕方ない。玄関まで寝間着で歩いて扉を開けると、ジト目の美少女がいた。うーん、ラノベ主人公になれた感じがするね。
「おはよう、あさひ」
私が半笑いでそう言うと、あさひは無言でスマホを突きつけてくる。
「なに、これ」
「さぁ、なんでしょう……へへへ」
「なに、笑ってんの?」
険のある言葉に、思わず一歩後ずさる。あさひは、お邪魔しますと言いながら、靴を脱いでずかずかと家の中に入り込んできた。押し入り系幼馴染。これは流行るかもしれない。流行れ。
あと、なんか怖かったりやばい雰囲気だと笑いそうになったりしない? どうでもいいか。
「てか、あさひ。学校は?」
「サボった。アンタ、人に言える立場?」
「……サボりはほどほどにね」
「ちっ」
こわ。舌打ちしたよこの子。言われたことを言い返しただけですよ!? 私悪くない! 悪いのそっちでしょ!
「で、なんなのあれ」
「話しかけてほしくないって言ったのは、あさひなので」
「話しかけてほしくないとは言ってないでしょ」
「じゃあ訂正。私は同類に思われたくないと思ってる人間に話しかける気はない」
「――それ、は」
「ん? 強い言葉を使ったことに後悔とか罪悪感とかあるわけ? ないでしょ別に」
大事なのは私以外の友達から「どう思われるか」でしかないあさひに、お情けみたいな友情をもらうのは私のプライドが許さない。嫌いじゃない。湿っぽい、どろどろした感情を持つ程度には好きだ。私の唯一無二の友達だから。でも、だからこそそれがちっぽけな同情心からくるものなら、私はそんなものにはあっかんべーなのだ。要らないのだ。
「ゆかりがあんまりにもぱっとしないから」
「ぱっとしてたらいいなら、私じゃなくてぱっとしてる人間を友達にすればいいじゃん。付け替えて着せ替えて、アンタにとっての友情はアクセサリーみたいなもんでしょ」
あふれ出す言葉。止まらない恨み節。ああ、傷ついていたらしい。傷ついて、深く絶望して、だから、同じくらいあさひに傷ついてほしいのだ。だって、私がどうでもいいなら。この子が傷つくはずがない。私からの言葉で傷つく程度には、私のことを大切に思っていてほしいのだ。
「それは違う!」
「違わないよ。ラノベもアニメも漫画もゲームも、あさひが興味ないと思ってること、私は知ってたよ。興味がないなりに話を聞いてくれるようなあさひには感謝してたよ。たまに本を貸して、ちゃんと読んでくれるところも好き。でも、関心が無いから。面白さが分からないからそんな話はどうでもいいって言えばいいのに。アンタは周りの目が気になるから私の話を聞く気が失せたってわけだ。それでいいと思うよ、全然。なんか私に文句を言いたそうな感じで入ってきたけど」
「違うって、言ってんじゃん――話くらい、させてよ」
あさひの消え入りそうな声に、はっとする。調子に乗って言葉を並べすぎた。私が傷ついたことは、免罪符にはならない。あさひにはあさひの言い分があって。散々話を聞いてもらった以上、それくらい聞かないと私はなんだ?
「ごめん。調子乗った――。あさひの気持ちを代弁する資格はないし、まくしたてて黙らせようとした」
「……そういうところでちゃんとブレーキをかけて反省できるから、ゆかりはすごいね」
「すごくない。それが本題?」
「本題ではないけど……半分当たりかな」
へぇ。半分当たり。変な表現だ。当たらずとも遠からず、でよかろうに。半分当たってたらそれはもう当たっているだろう。銃を撃ったとしたら「当たる」か「外れる」の二択だろう。せめて「掠める」とかがあるわけで、半分当たるってことは相手が刀で弾を切ったその半分が当たるなんていうような奇妙ですご技で、とびきり間抜けな状況だろう。
「……私、ブレーキをかけられなくて、後悔するタイプだから」
「なるほど」
半分当たり、という表現。どうやら、当たらずとも遠からず。
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