第2話 「私までそんなのが好きみたいに思われるの、嫌なんだけど」

 バカヤロー。なんて、古臭いドラマみたいなセリフを吐く気力もなく、ベッドに倒れこむ。昔のこと、で片づけられてしまうのか。そうか。思い出で終わってしまうのだろう。

 私は、思い出にはなりたくないけど。ずっとずっと、友達でいたかったけど。


「……実際、不釣り合いなのかもな」


 つぶやいた言葉は、たとえ事実でも。口に出したらおわりって感じの言葉で。そういう負い目を私自身が感じるようになったら、もう友達になんてなれない。戻れない。

 嫌だな、一緒にいたいな。そう思えば思うほど。臆病な私が、真面目腐った顔で囁いてくるのでした。


 ――友達に負い目なんて、感じたら終わりでしょ。てか、相手が話しかけてこない時点で無理。それに、友達関係なんて。どちらかが必死になって何とかなるわけじゃないでしょ?


 ぐうの音もでない正論。住む世界は一緒でも。見てる景色が同じでも。どうしようもなく離れた場所に、あさひは行ってしまったのだなぁなんて考えて。

 目が熱いと感じるぐらい涙が溢れて。すすり泣いて。鼻をかんで。気が付けば、電気も消さずに朝まで寝てしまっていたのだった。





 翌朝。あくびしながら洗面台の前に行く。


「さ、最悪……っ」


 文字通りの泣き寝入りのせいで、目の周りは真っ赤に腫れている。自画自賛できるほどかわいい顔ではないことくらい知っているけれど、これは悲惨だ。なんというか、心配されるレベルでまずい。冷やせばいいんだっけ? それともあっためる? 血流をよくするのが正解? 血管を収縮させれば腫れってひくんだっけ? わからん。なーんもわからんぞ。


「よし、休もう」


 学校に全っ然行く気がしないし、みっともないし。というわけで、私は学校を休むさぼることにした。一日ズルするくらい。……ま、別にいいか。

 学校に行かないと決めると、気は楽になる。似たような経験として、切羽詰まった提出物を前に「出さなくてよくない?」と気づいた瞬間の気楽さがある。緊張の糸がぷつんと切れて、どうでもよくなる。あるあるだ。私は学校の提出物をいつもそれで乗り切っているのだ。

 みそ汁を啜ってから、スマホを覗き見る。


「学校を休んでのんびり食べる朝ごはんうますぎワロタ……っと」


 趣味垢でSNSに投稿する。陰キャはインターネッツをよりどころにして生きるのです。現実は幼馴染にも距離を置かれる寂しくさもしい人間なので。

 インターネットのこういう掃き溜めは、言ってしまえば石の裏側だ。ダンゴムシがみんなで仲良く枯葉を食べている。表立って自分の趣味すらいえないやつが、みんなではしゃいでいる。いや、中にはオタクサークルとか作ってワイワイしてるのもいるか。


「いいよなぁ、好きに素直になれる人間は……」


 子供の頃。皆アニメを見ていて。バラエティも見ていて。昨日の○○見た人―! とか言っていたのに。いつの間にか、そんなことは誰も言わなくなって。いつの間にか自分だけが子供のおもちゃを振り回す、みじめなクソガキになっていた。ような気がする。まだまだ高校生。ガキだガキ。いまでも現役のクソガキだ。大丈夫、ちょっと周囲が色気づいてきたからって……。


「無理があるな」


 結局、わがままな人間なのだ。柊ゆかりわたしは。人とかかわりたいくせに、自分は我慢したくない。わかってもらいたい。あるいは。好きでいてもらいたい。全部が全部、順風満帆でありたい。それがダメなら、ゼロで良い。


 だから、たった一人に未練たらたらで。


 だから、宿題が間に合わなかったら提出もしないし。


 だから、決定的な一言を避けた。



 弱くて臆病な私を許してほしいけど。許してほしいなら、一歩踏み込まないといけないのである。昔は踏み込めていた。

 今となっては。無言で、たくあんを齧る。ひとりでべらべらしゃべりながら朝飯なんぞくえるか。






 不意打ち、だまし討ち、奇襲、急襲。幼馴染からのメッセージは、そんな物騒なものではない。が、心はざわつく。


『何で休んだの?』


 なんて、たった一つのメッセージ。お前に泣かされたから、なんて言えない。既読をつけてしまった以上、少し悩む。悩んで、返信をする。


『ただのサボり』


 素直に白状した。


『ほどほどにしなよ』


 それで、会話が途切れる。途切れるのは、少し嫌で。軽く冗談を送った。こんなところで変な読み合いみたいな意識をしているのは、私の方だけだろう。バカらしくて、自分に嫌気がさす。


『暇すぎて積んでたラノベ一気読みしたわ』

『そういえばさ、あさひってオタクなの? って聞かれたんだよね』


『こないだゆかりと一緒に帰ったから』


『ラノベとか私全然知らないし』


『私までそんなのが好きみたいに思われるの、嫌なんだけど』


 ひゅ、と口から息が漏れる。スマホを投げる。


「幼馴染がちくちく言葉を投げかけてきて心が痛い」


 鬱だ。

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