熱帯夜に焦げる。
まきまき
夜半と朝に。(よはとあしたに)
幼馴染編
第1話 「昔の事じゃん」
放課後は、決まって二人で帰るのが習慣だった。それは、小学生のころから。中学になっても。高校が一緒になったから、きっと高校でもそうなんだろうなと思っていた。
クラスが違っても、部活が違っても、友達が違っても。なんか、そういう関係は続くんだろうなって思ってた。
別に、いつまでも待ってるわけじゃない。校門でなんとなく待ち合わせて、十分くらい待ってみてこなければ帰るみたいな。緩い、緩すぎる約束事とでもいうか、口で約束をしたわけでもない。なんとなくの関係性。
ずっともだとか、親友だとか、そんな風に言うつもりはないけど。ただ、そうだな。少なくとも私は、ある程度でいいから「なかよし」を続けたかったなと言う気持ちがあるわけだ。
遠回しなことをうだうだと言っているが、なんてことは無い。昔仲の良かった子と距離ができてなんだか寂しいな、というだけの話である。私の側にはもう一度関係性を作り直したいという願いがあるが、相手側がどう思っているかどうかはまるで別の話なわけで。
私は寂しがりで友達がその幼馴染しかいないので、そういう関係が続いていない、途切れてしまった今が途方もなく悲しいのである。
あっちからしたら百分の一とか、そんな小さな穴でも。こっちからしたら一分の一で。アンタのかすり傷は私の致命傷なんだぜ、なんて言ってやりたいくらい。寂しいと死ぬ、うさぎちゃんなんだぜ。なんつって。
――バカみたいだ。口を歪めて自嘲する。放課後に待つも待たぬも、別に約束していたわけではない。だから、そう。別に、帰宅部でもたまには待ってみてもいいよね?
とは言いつつも。校門前に立ち尽くして、何やってんだこいつって目で見られるのもきまりが悪いので。校門のすぐ前にある小さな書店で漫画を立ち読みしながら待つことに決めた。店主の目が突き刺さる。帰りに買うから許してほしい。
十分、二十分、三十分。時間を重ねるごとに、読み終わった漫画の冊数は増えていき。部活が終わるのはだいたい二時間後くらいだったかと思いだし。それなら駅前の喫茶店で待った方が良かったなと思いなおしたのである。
次からはそうしよう。なんだか、喫茶店で待つっておしゃれだし。アイスコーヒーを一つ。シロップは三つ。え? 机の上にある? これは失敬。なんて。
全然おしゃれじゃないな。次も紙の匂いでむせ返るような書店で彼女を待とう。喫茶店の珈琲って高いし。キリマンジャロとかマンダリンとか、わけわかんないし。
私が、小学校の時隅っこで本を読んでいた。「何読んでるのー?」と聞かれ、有名な児童文学のタイトルを小さな声で告げると、「それ知ってる!」と笑った顔が。すごく明るくて、眩しかったのを思い出す。それから、一緒に帰ろと誘ってきて。
私は、アンタの名前すら覚えていなかった。名札をちらと見て、さも覚えているように。随分気さくなように、名前を呼んだのだった。
「ね、あさひちゃん!」
あさひちゃん、と呼ばれてアンタは。案の定明るい顔で笑って、小首をかしげていた。急に名前を呼んだ私が、おかしかったのだろう。その後、二人でいろんなことをお話しした。
放送中のアニメ。読んだことのある絵本。苦手な野菜。好きな科目。
あさひが教えてくれたこと。私が教えてあげたことを通じて、内気な私は多少マシな私になって。アンタのおかげで、孤立しない学生生活を送れていたんだなと。高校になって、孤立した生活になってよくわかった。私ってバカなんだな。
――でも、だからと言って。アンタに縋るみたいに、寄生するみたいに、べったり寄り添って過ごすのも。なんだかおかしいんじゃないか、そう思うよ。少なくとも私は、友達だと思っているから。対等だから。そのはずだから。ね、そうでしょ。
たとえ陰気で日向に出ることができないダンゴムシでも。私は。アンタと。陽気で太陽みたいで、キラキラ輝く相手でも。……現状を見れば、友達なんかじゃなかったのかもしれない。それを認めるのは悔しいなと思った。
書店で、慌てて会計を済ませる。漫画の合計十五冊。立ち読みしたのは倍だが、お財布が出費を許してはくれなかった。喫茶店のキリマンジャロの方がよっぽど安い。ごめんなさい、今度他のも買うから許して。
漫画を学生鞄に突っ込んで、ラケットを担いだあさひを追いかけようとして――足が止まる。
何人もの部活の友達に囲まれて、笑って話をしている様子を見て。つう、と背中に汗が垂れた。あの人数に話しかけるなんて。できるはずもない。こちとら陰気でさえない人間。飛んで火にいる夏の虫になるのはごめん。無視でもされてしまえば心臓が張り裂ける。ゲロ吐いちゃうかも。
そうだ、今日の夜連絡して一緒に帰ろうと言えばいいんだ。そう言い聞かせて、私はおとなしく一人で家に帰ろう。
不甲斐ないと笑いたければ笑え。私も情けないと思う。
言い訳ばかりしながら、電車に揺られる。くそ。俯きがちなるが、はっと気づく。電車。そうだ、同じ電車に乗っている。あっちも一人だ。あさひ以外は歩いて学校に行っているらしい。
そうじゃないか。今。今、「今度一緒に帰ろ」とか。誘ってみればいいんじゃないのか。揺れる電車の中で。景色が後方へと吹っ飛んでいく中で。
一人、ラケットを抱えているあさひの前に、意を決して歩いていって。隣に座る。俯く。嫌だ。勇気を振り絞れ。
「……ひ、久しぶり」
「ん、おわっ! ゆ――柊さんじゃん、久しぶり」
もう、名前では読んでくれないのか。胸の中に黒い脂が溢れるような、ほの暗い感情が灯る。
「ホントに、久々だね。高校になってから、全然話してないし」
「んー確かになぁ。部活も違うし、仕方ないんじゃない?」
「ほら、いつも一緒に学校から帰ってたのにね?」
だから。今度一緒に帰らない? そう誘おうと思ったのに。あさひの口からこぼれた言葉は、私の心をガラスにして、粉みじんにするのだった。
「――昔の事じゃん」
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