第12話 永遠の安息を4

 朦朧とした視界の中ぼんやりと目が覚めた。さっきまでもっと明るい場所に居たはずだったが、ここは暗い。そして天井が見える。石で作られた天井だ。

「何処?」

 徐々に意識がハッキリしてくると自分の体が上手く動かせないことに気がついた。手も足も自由に動かない。そして足にとてつもない痛みを覚えた。

「ああぁぁぁあ……」

 ふくらはぎからは焼けるように熱く、鈍く鋭い痛みが全身を駆け巡る。意識した途端にその痛みは一層強くなっていき、押さえつけられている腕が勝手に暴れ出す。


 首を辛うじて持ち上げて足を見ると右太ももがへの字に折れ曲がっており、太ももからは内側に飛び出た白い骨が見える。多少の応急処置だけはしてあるようで赤く染まった包帯が乱雑に巻き付けられている。

(思い出した。エスピアに蹴りを入れられ足の骨が折れたんだ。そのあと引きずられて……きっとその途中に痛みで気絶してたんだ)

「うわ、もう起きたのかよ……。えぇ……どうしよう……」

 この声はエスピアだ。首だけは自由が効くため、辺りを見るがストラの視界には石で出来た壁と木製の棚しか見つけることが出来ない。エスピアの姿は無かった。

「うーん。仕方ないなぁ……無しでやるしかないかぁ」

 その声で居場所が分かった。エスピアの声は後ろから聞こえてくる。 

 体を反り返して後ろを見ると、ふてぶてしい体が徐々にストラの方へと近づいて来ていた。エスピアの手には長い針のついた何かと一つの瓶がが握られていた。


「騙したの!!」

 あれだけ制度だなんだと歌っておいて本当はそんな物は無かったんだ。これじゃ、私は一体何の為に……。

「違う、違う。俺は今から同意書通り、今から君の記憶を消すんだよ。この薬を頭に打ってね」

 エスピアはストラに分かるように見せる。ストラの真上に見せる。

 文字がなんて書いてあるかは読み取ることが出来なかった。ストラが知らない文字で書かれていたためだ。

「記憶を消す……? そんなこと聞いてない!!」

「ああ、くよくようるさいな。時間ねーんだ。黙ってろ。というかペット希望の癖に、そんな細かいこと気にする奴も居たんだな」

 ストラは自分の後ろからコトッと瓶を置く音を聞いた。


「ペットはペット。危ない考えを持ったペットは誰も飼いたくないよー。君だって人を殺した熊をペットにしたくないだろ? それと一緒さ。制度利用者は記憶を消してからオークションにかけるんだよ」

 エスピアは後ろで何かをし始めた。ストラの耳に入ったのは二種類の音。とても軽い音と、瓶の重い音。液体状の薬となれば手段は一つだった。

 ストラの顔からは血の気が引き始め、額からは妙な汗が沢山出始める。体は寒いのに額から流れる汗は生暖かく気持ち悪かった。

「嫌! 制度なんて使わなくていい! だから、離してよ!」


「無理無理。サインしたでしょ? だいたい自己責任だろ? でも、一つだけ謝っとくわ……あいにく麻酔を切らしていたようでねぇ……気絶してるうちに注射したかったんだが時間もない、無しで我慢してくれー」


(逃げないと! いや、これがルールなんだから従わないとおじさんにまた迷惑をかけちゃう! それなら! それなら……私は我慢しなくちゃだめじゃない…………でも、でも……おじさんとの思い出を全部無かったことにするなんて嫌だ)

「やめて! 消さないでよ! 貴方たちはなんでそんなに簡単に奪えるの! なんでなの!! 記憶ぐらい自由にさせてよ!!! なんで私だけいつも取り上げられるのよ!! 私はいつも高望みなんてしてないのに!! いつも我慢してたのに!! 文句なんて言って来なかったのに!!」

 ストラは太ももにある大怪我など忘れ、ただ拘束された体を無造作に動かした。

「おいおい暴れるなよ。目から脳に注射するんだから動いてたら上手く出来ないだろー。もう決まったことなんだ受け入れろよ」

「どうしてなのよ!! なんで私だけ!!」

 ストラはただ暴れることしか出来なかった。どうすることもできない。だが、それでも思い出を無くしたくはなかった。

「あーうるせー。ダメだコイツ。アドレナリンの出過ぎで話がまるで通じねぇ」


 ドン! 

 鈍くぶつかる音と共に何かがバキとへし折れる音が鳴った。 

「ガッァあ゛ぁぁぁぁぁぁぁ」

 ストラの口からは、かすれたような引きつったような声が漏れ、口から血が漏れ出した。

「あっやべ。鎖骨だけのつもりだったんだが……こりゃあばら骨まで行っちまったかなぁ」

 ストラの呼吸はより酷いものとなり、血を吐き出す鈍い咳とキューと喉を引っ張ったような不安定な呼吸を繰り返す。さっきまでかろうじて動かせていた体も今は自由に動かせず、もう言葉を出す余力すら無かった。

「これだけ傷が多いと教会で治してもらうのも高いだろうなぁ。こりゃ経費で落ちねぇし、はぁ今日はツイてねぇ。とりあえずちゃっちゃと終わらせるか」

(嫌だ……嫌だ……)

 強い痛みで正常な思考すら出来なくなったストラはただ、願うしか出来なかった。助けてくれる人なんて誰も居ないこの場所で。

「はいはーい。痛くないよー。力抜いてねー」

 エスピアに目を押さえつけられて閉じることも出来ない。

(嫌だ……嫌だ……)

 エスピアの持つ針が徐々にストラの方へと近づいて来る。どんどんどんどんどんどん近づいて来る。細い筈の針が大きく太く見えてしまう程に。

(……ごめんなさい)


「どけぇぇぇぇ!!!!」


 弾け飛ぶような轟音と同時に声が聞こえた。どこか聞き馴染みのある声。何故か安心できる声。目に溜まった涙と痛みで焦点が合わない。

 かろうじて分かるのは、今さっきまでそこにいた筈のエスピアの姿は無く、登り始めた月の光がどこからか自分を照らししているということだけだった。

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