第8話 人生売却制度3

 外に出るとすぐ横に段になったブロックのような細長い石があり、ストラがその上に腰をおろし、それに続いてクロヌシもその隣に座った。


「私はね、おじさんに助けてもらったの。もう四年くらい前のこと」

 ストラから自然と出た五年という単語はクロヌシの記憶を撫で、時の流れを認識させた。

「四年か……」

(長い月日だ、僕がパーティーの皆と会って過ごした時間の半分もある。思えば、そんなに長い間〈レクイエム〉をプレイしてたんだな)

「四年前に爆発事故があってね。建物が崩れて下敷きにされたの。その時助けてくれたのがおじさん。おじさんは私の親代わりみたいな物なのよ」

「じゃあ本当の親は何処に……?」

 

「それは、わからない。私は四年前の事故より前の記憶が無いの……貴方と同じでね。おじさんが言うには頭に強い衝撃を受けたせいらしい」

「後遺症が無かったのはまさに奇跡だそうよ。まぁ不幸中の幸いってやつかな?」

 記憶がないなんてベタな嘘をついてしまったな。まさか本当に記憶を無くした人が居るとは思わなかった。

「だから、ちょっとクロヌシに同情しちゃったの……でも、記憶がないってのは嘘なんじゃない? だってあまりにも淡々としてるもの」

 心臓が強く波打ち、クロヌシの体を軽く揺らす。

(やべ、バレた)

「そんなに身構え無くて良いわ、きっと獣国から来たんでしょう?……それなら『竜王共和国』の内情を知らなくてもおかしくないわ」

 ここは竜王共和国という場所なのかここは。

 王と共和。それは由緒正しき血筋が支配するそれと、国民が代表を選び統治するもの、それぞれ相容れない筈の名前がついていた。

「内情っていうのは?」

 クロヌシが問いかけるとストラはおじさんへと顔を向ける。

「そうね……この国は虫が支配をしてる。でも、私達人間は何も出来ない。細々と生きて行くしか無い。最近は闇商人から薬を買う人も珍しくない」

 闇商人に薬、良い単語には聞こえない。それらが並ぶときに起こる事は大抵一つだ。麻薬。だが、薬は薬だ。体の異常から解放する為の物か、心の苦しみから一瞬だけ解放するかの違いだ。最悪なことに傷ついた心を手軽に治そうとする僅かな出来心で後者を選ぶ物は少なくない。

「でも、その先は地獄。ここまで来る間にも居たでしょう? きっと貧乏人ほど騙しやすいんだろうね。私にはおじさんが居たから道を踏み外さなかっただけ、一人だったら……きっと……」

「そんな……」

 惨たらしい話だ。


「だから貴方も気を付けてねって話!」

 急に元気を出したストラに驚いたが、その明るさは惰眠ちゃんを思い出す。

「行く当てないんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「だったらここで暮らすなんてのはどう? あまり綺麗な場所じゃないかも知れないけど、他よりはきっといい場所よ」

 そうだ、僕には暮らす場所がない。そして見聞きした限りここは虫社会だ。こんな場所で一人でやっていけるだろうか。自分の魔術が通用するかどうかなんてものはわからない。いや、通用するかどうかの問題ではない。生きるためには居場所が必要だ。サバイバルなんてしたことがないなら尚更。僕はここで生きるための術を知らない。

「それは有難い。でも……なんでストラはそこまで親切にしてくれるんだ?」

 同情だけで人助けは出来ない。善意だけの人助けは余裕がある者のみに許された特権だ。余裕がない者が人助けをするときは必ず裏に打算がある。ないならそれは死を望んでいるときだけだろう。

「これを言ってしまうと君の善意に失礼かも知れないが言わせて欲しい。君のおじさんがこんな状態で僕を住まわせる余裕なんてあるの? 勿論生活の手伝いはしたい、でも僕はこの場所を何も知らないし、人付き合いも上手くない。それでも……本当に良いの?」

 きっとここで暮らすなら〈レクイエム〉の魔術に奇跡、いわゆる魔法が役に立つ場所はあるだろう。だが、何しろ知識がない。赤子同然の僕のおもりをしながら生活を送っていけるのか? 

「そんな話……あまりにも僕に都合が良すぎるよ」

 困った時に解決策が直ぐに見つかるなんて、これは僕にあまりにも都合が良い話だ。ストラにしてみればおじさんの、世話をしながら僕という居候を家に入れるような物だ。世の中上手い話には必ず裏がある。ストラは何故そんな提案をしたんだ。


「ああ、そりゃダメ……だよね。でも、そんな貴方だから頼みたいの! もう私にには時間が無いのよ」

「時間? 何言って……」

「ゴホッ! ゴホッ!」

 横になり倒れていたストラのおじさんが咳を上げて体を起こす。この咳をしているのが人であったなら相当に具合が悪いのだろう。咳の後には喉を切るようなグゥと低い音を鳴らしている。

 体を起こす様子は何処か慌てているようで、細い一本の腕でなんとか体を動かそうともがいてるようだった。


「おじさん!!」

 ストラは慌てておじさんの元へ駆け寄りおじさんの体を起こすのを手伝った。

「ストラ! お前まさかお前使ったのか!」

 おじさんの声は枯れており、無理やりにでも声を出そうとしていることがわかった。

(使った? 使ったってなんだ? まさか薬!? いや、薬は使って無いってさっき言ってたじゃないか) 

「うん、だって、おじさんの腕を売って生きていくのはもう……嫌だから……」

 ストラの声は震えていた。手にも震えが現れており、彼女の涙はに一つ二つと彼女の手に落ちた。それは降り積もった雪が溶け出すような、手で掬った砂が指の間から抜け落ちていく様を見ているようなそんな涙だった。


「もう一本しかないじゃない! それを売ったらおじさんは何も出来なくなっちゃう。腕売ったら次は足? その次は……? おじさんの体を切る身にもなってよ。私がいつもどれだけ悲しいのか、辛いのか。私にはおじさんが生きていてくれなきゃダメなのだから……」

「それでもお前! ゴホッ! ゴホッ!」

 さっきより強い咳がおじさんを襲った。 

 その時だった。

「あー。あー。お取り込み中のところ失礼、失礼」

 丸々と太ったような人が現れた。

 のっぺりとした顔に頭から生える長いアホ毛が一歩歩くごとに多少の上下を見せる。そして気持ちの悪い笑みを浮かべて入り口から顔を出す。体はずっしりと大きく、口がデカい。そして人の形をした二本の腕にバラの花のように黒く鋭いトゲが無数に生える。

(誰だ!? 人…………じゃないな)

 意識外から現れた謎の存在に杖を強く握りしめた。

「ストラ…………知り合い?」

 ストラからの返答はない。それどころか、石になったように動かない。だだ、この男を視界に入れないように避けているようにも見える。

 

「あー君がストラモニウムだねぇー?」 

 手に持つ紙の資料を見た後にストラを上から下舐め回すようにジロジロと見つめる。

「良かったねー査定の結果『S判定』だ~」

 低くて鈍い声で訳のわからないことをソイツは言った。

「やった…………やったよおじさん! これでもう、お金には困らないよ!」

 震える喉を押さえつけるような声をだし、少しばかりの握りこぶしを作って体を揺らす。

「ストラ! ゴホッ! ゴホッ!」

 無理に声を出すおじさんの声をストラは聞き入れず丸々とした男の方へと歩み寄っていく。


 訳がわからない、査定? S判定? 一体彼らは何を言っているんだ。おじさんの反応はハッキリ言って異常だ。今、彼女はとんでもないことに巻き込まれかけている。クロヌシの直感がそう言っていた 

「ストラ! …………これは一体何なんだ? 何を…………するつもりなの?」

 ストラはこちらを振り返ると涙袋に手を当てて涙を拭き取った。

「制度を使って査定をしてもらったの…………そしたらS判定、こんな人生でもちょっと良いことあったよ…………」


「制度? 人生? さっきから…………何の…………話?」

 クロヌシは脳裏にうっすらと浮かぶ予想に心臓の鼓動を増幅させた。ドクリドクリと、波立てた血液の振動が手足まではっきりとわかる。

 まるで息を止めているかのような苦しさに終止符を打つかのように、頭の中を走る不安が言葉にして現れた。

(これじゃ、まるで…………今から死にに行くみたいじゃないか…………)

 頭に現れた異常といえる予想を肯定するかのように、ストラは口を動かし言葉を綴り始めた。

「ああ、そっかそりゃ知らないよね…………これは人生売却制度、お金を貰って自殺できる制度のことだよ」

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