第7話 人生売却制度2
少し先からは雰囲気がガラッと変化し、路地のような街並みから生活感があり薄汚く汚れている場所へと変わっている。街とこの場所とでは軽く仕切りが設置されており、区切られている。活気は無くホームレスのような人間が多く居た。その様相はスラムに似ている。建物も錆びた金属のような物で作られた物が大半だ。
最初に居た商店街らしき場所には全くと言って良いほど人間の姿が無かったが、ここには沢山人間がいる。彼らの中にはフラフラとした歩き方をする者に座り込んでいる者も居た。そして、人間だけでなく他の動物の姿も目に入る。
縞模様の入ったシマウマ、斑点の模様のヒョウらしき姿もちらほら見える。動物の顔や体を持っているがいずれも二足歩行であり、服を着ている。だが、彼らもここの住人のようであったが、この場所を荒らしているようにも見えた。
小道の奥では痩せ細った一人の男性が、動物たちに囲まれ蹴りを入れられていた。
「お前が盗んだ分の金を払え、遊びもタダじゃねーんだよ。使えば払う、それが道理ってもんだろ?」
囲んでいる一人が倒れてボロボロになった男の胸ぐらをつかんだ。
「けっ
男の言葉は極端な抑揚でハッキリとしない。お酒を飲んでるような感じであった。
「おぉー人間?様は怖いねぇー。けどな、ここに居る以上てめぇも同レベルだよ」
そう言うと拳で男を殴りつけて金を奪う。
「ほら、行くよ」
「あ、はい……」
(人間が動物たちに虐げられてるのか? いや、でも動物たちに向かって低層階級って言ってたし……)
「さっきみたいなのに絡んだらロクでも無いことになるよ」
まあ確かに、それは分かる。ああいった野蛮なのはスルーが一番だ。無駄に首を突っ込んでも困るのはこっちだ。学校でも、社会でも。
「説明しておくと、ここは低層階級が住む居住区。金を失くした奴、信頼を失くした奴、外から入って来た奴、そして落ちぶれた奴。そいつらが国から支援を受けて辛うじて仕事と娯楽と生活を与えられてる場所、動物のたまり場よ。人間も含めてね」
こんな場所に居たとして国は支援してくれるというのが驚きだ。こういった場所は最初に見捨てられそうな物だが。
「ストラモニウムさん。人間って動物と違って知能高いって聞きますけど……ここではそんなことは無いんですかね」
ストラモニウムはこちらをじっくりと眺めてから小さくため息をつく。何を聞いてるんだと言わんばかりに。
「警戒してた私が馬鹿みたい……もっとフランクに喋ってくれていいわ、そっちの方が慣れてるから。あと……ストラでいいわ。」
「あっ……わかり……わかった」
警戒されてたのかと少し考えたが、よくよく考えてみたら当然のことだ。相手にしてみれば知らない男と一緒にいるわけだ。当然警戒もするだろう。自分だって警戒する。
「それで、人の知能の話だったわね」
通り過ぎる建物を見ていたストラの視線は隣を歩くクロヌシへと向けられた。
「知能で言えば虫と人類種が同等、その下に移民の動物共。一応そう聞いてるわ」
含みのあるいい方だった。
「一応?」
「ここに居る以上、会話さえできれば知能の差は誤差なのよ。ここに居る連中は皆等しく〈知性なし〉に区別される肉体労働階級よ。皆、国から配給されるローダナムを頼りに生きてる」
肉体労働階級って、虫のほうが肉体労働に向いてそうだけど。アリとか、ハチとか……。でも、肉体労働が低い階級の仕事なのは何処の世界でも変わらないんだな。現代日本まで来ると以外にも給料が良かったりするから一概にそうとも言えないんだけど。
「因みにローダナムって何?」
「ああ、お酒みたいなもんよ」
(国が酒配ってるのか。なんか意外だな、わざわざ嗜好品までくれるんだ。ローダナム、美味しいんだろうか)
「おっと!」
地面にあった段差に足を持っていかれた。道を作っているブロックが古くなり、ブッロクの角が頭を出すように突き出ていたのだ。見てなかったら誰でも躓くだろう。
「クロ……あなた、意外とどんくさいのね。」
ストラはクロヌシと言いかけて少し周囲を確認してからあなた呼びに変えた。
「どんくさくて悪かったね」
しばらく道なりに歩く。ストラの進む先に見えるのは突き当たりにある一つの家であった。
「付いた、ここが私の家よ」
そこは家と言うにはみすぼらしく、板で作られた壁にある隙間はチラホラとこちらを覗いているかのようで、かなりの月日が経過しているせいなのか変形している箇所もある。そしてストラの家の周囲は空き家だ。そこに生活感は存在せず、手入れもされていない寧ろ資材として使われている様子で。この辺りには住人が居ないことを物語っている。
「あ……あ……」
中からは微かに音が聞こえて来た。うめき声のようにも聞こえたが、隙間から入る風の音と言われても違和感はないだろう。
「中に誰か居るの……?」
「ああ、おじさんがね。広くないけど外よりはまだマシよ」
ストラはクロヌシを小さな家の中に誘うように手を動かした。
中に入ると一匹の蚊のような生き物が大きな体で長い足を折り畳むように横になっていた。腕は一本のみでその他の部位は切り取られて包帯が巻かれている。蚊のような外見であるが蛾のようでもあった。
(さっき見た蚊より大きめだし……蚊らしさがちょっと無いな。似てるけどガガンボとかかな?)
「この方が、おじさん……?」
クロヌシは少しクビを傾げながら覗き込むようにしてストラに聞く。
「そう……今は寝てるみたいだから気にしなくていいわ。まぁ、見てわかるだろうけど血筋的な関係はないわ」
まぁ、明らかに似ていない。だが、街には人の形をした虫たちも居たが、ストラの父は人の形ではない。蚊に近いが、単に巨大化している訳では無いようだった。
「ちょっと話をしない?」
ストラは肩にかけた荷物を部屋の端に置くと。まるで親しい友人に昔話をするようにクロヌシへ声をかけた。そして彼女の指は外を指していた。
ストラとは会ってまだ、時間が浅い。クロヌシにしてみれば親しみを持ちやすい容姿に声であるが、彼女にとっては親しみすら持てない時間のはずだった。加えて、一歩間違えばどちらかが死ぬような戦いまでした。あまりに気を許し過ぎている。けれど、騙そうとしているとは思いたくもなかった。
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