第6話 人生売却制度1
裏口からこっそりと抜け出し、クロヌシが通ったところと違う道を歩いて行く。虫達に見つからないようにこっそりと。
「えーと、ストラモニウムさんはあそこで何をしてたんですか? それに……これ……」
別人だと強く意識し始めた為に口調が固くなった。
ストラモニウムの後ろを歩くクロヌシの目は彼女が背負っている荷物を映していた。布に包まれているが、これは蚊の腕だ。さっき殺されていた蚊の腕。それをナイフで切って持ってきたのだ。
「これは……いえ、あなたに教える必要はない」
ストラモニウムがはぐらかしたせいで静寂が訪れ、二人の足音だけになった。
何も無いってことはないだろう。一応ここの住民のようだった。でも流れている血は人の物にしてはサラサラ過ぎており水のようだった、それに鉄っぽい臭いだけで生臭いわけではなかったからだ。
もしもそんな匂いまで付いていたら吐いていたかもしれない。
グラスのような物が机にあったため、きっと元はグラスに入っていた液体なのだろう。
(てかよく考えたら今、犯罪者と居るんじゃないか? やっぱり逃げたほうが……いや、でも……あそこで色々触っちゃったし、指紋とかDNA鑑定とか……ここどう見ても中世だしそんなの無いか……てかまずこの体はゲームキャラのままだし……DNAとかあるのか?)
「それとあなた……えっと名前は?」
「えっ? クロヌシです……」
「殺すわよ? 本当の名前よ」
初対面の人物の名前なんてよく忘れるから仕方がないだろう。なんて思っていたら不意を突かれた。殺すという脅し付きで。
(クロヌシは救世主の名前だなんて言ってたな……ここは本名を言うべきか? でも……今の僕は……)
「えっと……本名がクロヌシなんですよ……」
ストラモニウムの顔は何処か悲しそうで目線を反らしてこう言った。
「救世主の名前を押し付けられるなんて……きっと辛い人生を送ってきたのね……さっきは色々言って悪かったわね」
また、言った。さっきからずっと疑問だった何故僕の名前が救世主なのか。
「ストラモニウムさん、さっきから言ってる救世主ってなんなんですか?」
「はぁ!??」
怒号が飛んできて顔を背けた。
ストラモニウムも大声がよくないという自覚はあるらしく、次に出した声は小さくなっていた。
「よくその名前で知らず生きて来れたわね。クロヌシっていうのは童話に出てくる救世主の名前よ」
「童話?」
呆れた表情を浮かべつつストラモニウムは説明を続けた。
「大昔、大きな戦争があった。そして多くの生命が失われて虫も人も絶滅の危機にあった。そこに現れたのが救世主クロヌシ。クロヌシは雷を落とし、海を割り、空を落とした。人を救い、虫を救った英雄であり、平和の均衡が崩れたとき再び現れる。と聞いてるわ……」
なんだか凄い大英雄として語られているなと思ったが、あまりにセルフイメージとかけ離れたことをしているため名前は同じでも全く別人だということを実感させる。
「でも……私は信じてない。救世主というなら本物が最初に来るべきよ。きっと偶像でハリボテの救世主よクロヌシは。もし居ても、怠惰で、臆病で、他人任せの何もしないクソ野郎ね」
散々な評価だ。さっきの救世話と違いすぎてる。
自分のことでは無いと分かっていても重なる部分があって単純に刺さる。
加えて惰眠ちゃんの声でこれを言われるのはなお刺さる。
「あぁ……」
でも、これだけ酷評されるのは彼女にとって迷惑な存在であることは間違いないんだろう。
「気になってたんですけど……その言い方だと偽物が出回ってるみたいに聞こえるんですが、それは……」
「そうよ、歴史上何人も。今もどうせいっぱい居るわ」
「マジか……」
自分で言うのもあれだけど、クロヌシ……そんなにいい名前かぁ?
「あなた本当に何も知らないのね」
「いや、実は……記憶が無くて……」
勿論そんなことはない、だがこの場所を知るにはこれが手っ取り早くて、都合が良い。
(流石に怪しまれるかな……?)
「それでここまで何も知らないのね……なるほど……なるほどね……」
ストラは一度斜め上を向いた後に視線を落とした。
何か思い当たるところがあるかのように。
するとストラの足がピタリと止まり、クロヌシも足を止める。
「ここからは目立つ行動はしないで……記憶が無いならなおさらね」
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