第5話 姫の魔女3
「はっ!」
少女が声を上げながら目を覚ました。悪夢を見ていたかのような声をあげて。だが、悪夢を見ていたにしては汗をかいておらず、服は乾いたままだった。
「あ、起きた?」
そう声をかけられた少女は無言で警戒態勢をとった。
「あれ……人間??
クロヌシの顔をじっくりと見てから少女は警戒態勢を解き、自身の手足と周囲をキョロキョロと見渡してこう言った。
(やっぱり声まで惰眠ちゃんと全く一緒だ、ここまでの偶然は起こり得ない。それこそ
「惰眠ちゃん、僕のこと、わかる?」
クロヌシの知らない単語を並べた彼女に最初に問うべき質問を投げかける。
クロヌシの発言に少女は首をかしげ、眉をひそめた。
「は? だみん……? あなた誰?」
「一応聞くけど……からかってる?」
「何と間違えてるか知らないけど、牢獄じゃないってことは警察に私を売った訳じゃないのね」
少女の目線は鋭くクロヌシを刺すように見つめた。
「それで何のつもり? 私がこの店から出るのでも待ってたわけ? あなたを襲ったっていうのに私を殺しもし無いし、拘束もしてないなんて何をして欲しいわけ?」
少女の目線はいっそう鋭いものとなり、クロヌシを睨みつけた。
明らかに疑っている目だ。
ここでこれを言うのもどうかと思うが言わないことには始まらない。
「僕はクロヌシ……君の仲間だよ」
記憶を失っているとするならば、会話ができるだけまだ希望がある。だが、ここまでの会話から薄っすらと予想ができる。だが、それはあまりにも可能性が低く感じられた。
(しまった飛躍し過ぎだ。いきなりこれじゃ不審者だ。質問の答えにもなってねー)
「また救世主……」
「救世主?」
予想外の単語により聞き返してしまった。
「はぁ……」
少女は頭をかき、深いため息をついた。
「どいつもこいつもクロヌシ、クロヌシ! バカの一つ覚えもいい加減にしてよ!! インペリアルにすら一度も勝ったことないのになんでわからないの? 竜王様に勝てるわけないでしょ! 私は今で満足してるの! いったいどれだけ私たちの立場を落とせば済むのよ!! 救世主の名を語ってもやることはいつも迷惑行為! もう……やめてよ……」
彼女の言葉には感情が乗り、最初の機械的で冷たい様子とはかけ離れていた。
「あんたらのせいで私がどれだけ……」
言葉を連ねる彼女にクロヌシも上から言葉を重ねる。
「ちょっとまってくれ、何の話をしてるんだ?」
少女の顔には戸惑いがあり、クロヌシを睨む視線が緩んでいた。
少女の言うことに心当たりは全くない。だから、これだけは絶対に聞かなくてはいけない。 確かめなくてはいけない。
「まず、君の名前は?」
基本的なことだ。けれど、最も重要なことだ。
「ストラモニウム……それが私の名前」
ストラモニウムは迷いなく、躊躇なく断言した。
(本当に別人!? どんな確率だ)
「お願いします、どうかもう辞めて下さい……お願いします」
ストラモニウムの態度は一変し、へりくだり、自らの頭を下げた。
「申し訳ないが――」
またしても、最後まで言えなかった。ストラモニウムが近寄りクロヌシの袖を引っ張り始めたのだ。
「おじさんの医療費がもう足り無いんです! これ以上……これ以上……」
「ひ、人違いだー! きっとお互い別人と間違えてる!」
ストラモニウムが袖を放したため、少し後ろへとよろけた。
「え? でも…………クロヌシって」
キョトンとした顔をクロヌシに向けた。
「僕の名前はクロヌシで合ってる」
「じゃあ――」
ストラモニウムが何か言いたげであったがここは続ける。
「だけど! 君の考えてるクロヌシとはたぶん別人だ。僕はさっきこの街に来たばかりでまだ何にもしてない」
「そう、だったの…………だから…………」
ストラモニウムの顔はうつむいていた。
「は! そうだ! 私どれくらい眠ってたの!?」
思い出したかのように声を上げた。
いきなり強気になったり、弱気になったり情緒が極端だ。惰眠ちゃんならと反応を考えたが惰眠ちゃんも結構やかましいタイプだったことを思い出す。
「えっと、五分? くらい……」
伝えるより先にストラモニウムは表情を変えていた。
「まずい、逃げるわよ」
何か重要な用事かと思ったが、それ以前の問題だ。
なんせ殺しをしているのだから、このまま同じ場所に居続けるのは危険過ぎるだろう。これが現実であるというならなおさら。
「忘れてた……」
そうは言っても行く宛がない。
「あなたも付いて来なさい! 拒否すれば、あなたをこれで消し飛ばす! これは脅し!」
ストラモニウムは服の間からチラリと結晶のような物をスラリと取り出してクロヌシに見せた。
「クリスタル?」
(確かに無理に壊せばダメージをくらうけど……でも、このクリスタルじゃ誰も殺せない気がするけど……)
クリスタルは透き通っている方が純度が高い。だが、ストラモニウムの見せたクリスタルは不透明であり、明らかに純度が低かった。
「わかった、付いていくよ。聞きたいこともあるしね」
ストラモニウムとの会話から彼女が惰眠ちゃんである可能性は低い。
だが、なにか別人では無いような、そんな気がしてしまった。
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