閑話
今日の仕事は現場の実態調査かぁ。幸運なのか不幸なのか最近は毎日似た仕事ばっかりだ。正直、早く帰りてぇー。こうも移動時間が長いと流石に疲れが来るってもんだ。
「なぁ、今日はあと何件回ればいいんだ?」
目の前の資料から逃避して隣に座る後輩のメルトに全てを投げる。
彼女は優秀だ。俺が居なくても大丈夫、全部やってくれる筈だ。
「レイジさん。それぐらい自分で確認して下さいよー。全くだらしない先輩ですねー。こんなんだから奥さんに逃げられるんスよ」
可愛らしい後輩を装っておきながら毒がある。そして本当に毒もある。なんて奴だ。上司に向かってなんて事言うんだ。一番言っちゃいけない、数日前のことであれば特に。
「あーメルト君、君は今日でクビだ。明日からもう来なくて大丈夫だ」
「よし! ラッキー! でも…………クビにしたら困るの先輩ですけどホントにいいんですか? よっぽど一人で回りたいんッスね」
「うるさい、仕事に戻ろう」
少し斜めになりつつある姿勢をもとに戻し、資料とのにらめっこを始めた。これは困ると言わんばかりに。
「いや、最初に脱線したの先輩じゃないッスか」
言い返す言葉もない。まさにその通り
レイジはパラパラと手元にある資料をめくり、次に回収する利用者のリストをめくる。
「こいつに、こいつ、最後にこいつかー。あー道程が長い。町外れの一番奥じゃねーか」
うわ、しかもここまで歩きかよ。いっそうやる気が削がれるな。これなら、ちょっくらいサボっても……いや、絶対にダメだ。
「ほらほら先輩、最後の人見てくださいよー。私と一緒ぐらいの年ですよ。かわいそうにー」
「ああ、人間?か。まぁ珍しくもねぇさ。このご時世だからな仕方ないちゃ仕方ないだろ」
そうして資料を眺めていると最後におかしな一言が書かれていた。
「げっ…………本号さんの指示付きって…………うわーこれは辛い」
コンコン
外から透明な窓を細長い腕が叩いた音だ。
「あと5分程度で到着します」
長い腕の持ち主から小さな部屋にアナウンスされる。
「わかりましたー」
メルトは返事を返すとせっせと簡素な机に散らばった資料を片付け始める。
今回は意外と早く着きそうだ。この調子で行けば今日は早めにあがれるかも…………いや、指示つきだから残業確定さようなら俺の定時。
「さぁて、仕事するかぁー」
「お! やっとやる気になったんッスね!」
「ああ、
あれはゴメンだ二度とゴメンだ。そのためにも仕事をせねば。
「じゃ、経路の確認でもして下さい。どーせいつも通り見てないでしょうから」
期待からのゴミを見るような落差が辛い。
「冷たいな……雪の日に半袖で食べる氷くらい冷たい」
「雪で体温下がって感覚鈍るのできっとそこまで冷たくないですね」
やる気を出し始めた人にこれは実質毒針では!?
これが後輩、これが仕事、これが社会、なんと世知辛い。
レイジは主導権を後輩に握られ先輩としての威厳を完全に失いつつあった。
空中を進むトンボのタクシーの中で。
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