第2話 長い旅のエピローグ2


 パーティー五人は猛烈なダッシュで一斉に走る。後ろにはもの同じぐらいの速度でアダムとイヴが着々と迫り来る。

 惰眠ちゃんの奇跡、クロヌシの魔術を使って持久力のステータスを極限まで上昇させ、さらに一時的に全員の持久ステータスを平均化する奇跡を使用しているため、持久力が低いクロヌシ、惰眠ちゃん、アクション大魔王が同等の速度で走ることが出来ている。


 中心が赤く輝くエネルギー波のようなブレスをアビス目掛けてアダムとイヴが放つ。

 ギュオォォォという音と共にアビスが一瞬にして撃沈し、HPがゼロになる。

「ひえぇぇぇぇ!!!」

 真横でアビスを焼いた光に当たりそうになったすうぃーつが声を荒げる。

「無理無理無理!!」

 

 このパーティーで最もHPが高く、攻撃に耐えうる可能性の高いアビスが瞬殺されたのだ。すうぃーつなんかはかするだけでも死亡してしまうだろう。

 

「アクさん!! 回収お願い!」

「オウケイ!」

 惰眠ちゃんが大きな声でアクション大魔王に指示を出すと銃を取り出してへの字に倒れたアビスを射撃する。 


 これは〈重力弾〉と呼ばれる弾で、打った相手を引き寄せることができる。その代わりに攻撃力がほぼゼロに等しい。


 射撃により引き寄せられたアビスはアクション大魔王によって前方へ投げ飛ばされる。惰眠ちゃんはアブスが空中にいる間に蘇生を発動する。

〈蘇生〉リザレクション!」


 蘇生されたアビスは上手く着地して、走り始める。初速がどうしても遅いため、先頭に投げ飛ばされたアビスだったが結局は皆と同じ横並びに戻ってくる。

「了解!」

 人差し指と中指を立てて生き返ったことをアピールした。

 ギュオォォォ。

 アダムとイヴの炎が叫ぶ暇も与えずアビスのHPを消し飛ばした。

 再びHPがゼロになりアビスは顔面からくの字に倒れる。


「アクさん!!」

「了解!」

 惰眠ちゃんがそう叫ぶと再びアビスを射撃する。

〈蘇生〉リザレクション!」

 同じ手順をたどり二度目の復活をはたし、横並びになる。

「いや、まさか連続で殺られるとはな…ドキッとしたz――」

 アビスの口から最後まで語られることなく、再び炎に襲われる。

「ぎゃぁぁぁ!!」

 すうぃーつの叫び声が再び上がる。

「アクさん!!」

 惰眠ちゃんがそう叫ぶと既に射撃されており、三度目の復活をはたす。

「畜生!! 何が、アダムとイヴだ! 合体してる癖に贅沢な名前持ちやがって! おめぇなんか略してアブだぜ!! アブ!」 

 アビスが不名誉な名前を名前を付けたせいか、たまたまかクロヌシに原因は分からなかったが、一層アブの気性が荒くなり、背後で大量のブレスを乱射していることはわかった。

 全員が「わぁぁぁ!」「ぎゃぁぁぁ」「あ゛あ゛あ゛」といった叫び声を上げて、突然の変化に驚きを隠せない。


「ちょちょちょ! こんなの知らないわよ! アビスどうしてくれんのよ!」

 走る速度に変化は殆どない。それでもより大きく手を振り、少しでも早く走ろうと皆慌てて足を動かした。

「俺はしらねー!」

 徐々にブレスのサイズが大きくなっていき回避の難易度が少しずつ上っていく。


「アクさん!! あといくつ!!?」

 クロヌシは焦り混じりの声でアクション大魔王に聞いた。

「あと少し!! 残り1%!!」

「よし、それならこのまま――」

 その瞬間、何かが突撃を仕掛けてくる。衝撃により地面が盛り上がりる

 アダムとイヴが距離を縮め、突進を仕掛けてきたのだ。

 それにより、メンバーそれぞれの距離を離される。

「しまった!」  

 

 アダムとイヴが狙う先は惰眠ちゃんだった。

(今惰眠ちゃんを殺される訳にはいかない。|〈座標交換〉で僕が身代わりになる!)  

 魔術を発動しようとした矢先だった。

「な!?」

 アダムとイヴは急に首の角度を変更しクロヌシの方へブレスを吐いたのだった。


「――ッ!!」

 次に目が覚めるとアビスとすうぃーつは地面に倒れ、惰眠ちゃんは自己蘇生の途中であった。

 辛うじてクロヌシの蘇生は間に合ったが、その直後惰眠ちゃんが倒され、アビス、すうぃーつもすぐに倒されたのであった。


 アダムとイヴの口からは赤い光が漏れ出し、ブレスが惰眠ちゃんの蘇生が完了する瞬間を待つ。

(だめだ、間に合わな…)


 ジャキン!! 


 そのとき何かがアダムとイヴの胸を引き裂いた。

 つるぎだ。それは到底人間が操れる大きさではなく、柄の部分だけで人間の子供程度の大きさがあった。

 そして何処からともなく現れた剣は地面に刺さり地面をえぐる。


「待てぇい!!」

 その声は一帯に響き渡り、この空間にいる者であれば誰もが聞き取れる大きさの声であった。


「そこには努力をした者が居た、体を張る者が居た、足掻いた者が居た、そして彼らの願いを背負い今ここで貴様を倒す俺が居た」

「人は俺をこう呼ぶ。『アクション大魔王』と…」

 アクション大魔王は十数メートルはあるだろう人形のロボットに乗っており、その登場の仕方はまさに正義のヒーローを体現したものであった。

 彼の乗るロボットはロボットとしてはかなりスリムであるがその分、可動域に優れた外見であり派手な色をした鱗のような装甲を持っていた。


「アクさん!!」

 心からの喜びと感動により、クロヌシは声を荒らげて叫ぶように声を出した。


「アブ! 貴様を許すわけにはいかない!!」

 アクション大魔王はアダムとイヴへ「ビシッ」と指を差し動き出す。

 すると「とぁぁぁぁぁ!!!」と大きな叫び声を上げながらものすごい勢いで接近し鉄拳をお見舞いする。

 素晴らしい右ストレートだった。その勢いでアダムとイヴは吹き飛び距離ができる。 


 これぞ我らが最終兵器〈ゴッドハンドSM5〉。MPで動作するロボットである。これはアクション大魔王の職業〈操縦者ドライバー〉しか使用できない。だが、ロボットの召喚には時間経過か〈功績〉という物が必要である。

 〈功績〉はボスの部位破壊や与えたダメージによってスキルの時間短縮や、MP消費軽減が貰えるといったゲームシステムの一つである。基本的に時間経過だけでは莫大な時間が必要になるため、〈功績〉が必須である。そしてこのロボット〈ゴッドハンドSM5〉は全てにおいて超圧倒的性能を誇る代わりにあり得ない量の〈功績〉が必要だったのである。

 では、これと言って特に明確な攻撃をしていた訳でもない筈のアクション大魔王が〈功績〉を集められていたのは惰眠ちゃんの奇跡によって全ての〈功績〉をアクション大魔王に集めていたからである。

 

「よっしゃあ!!! キター!!」  

 自己蘇生を終えた惰眠ちゃんがその場で飛び跳ねる。

「いえーい! イェイ!イェイ!」

 ハイタッチを求められたため、クロヌシは喜んでそれに応じる

「いぇい!」


 アクション大魔王は地面に刺さった剣を手に取ると一直線にアダムとイヴの元へと近寄る。足に付いたジェットブースターにより、とんでもない速度となってアダムとイヴへ襲いかかる。

 その機動力は凄まじく、とても巨大なロボットが可能な運動性能ではないように見える。空中には作り出された足場があり、それを使ってさらに軌道を複雑に、圧倒的にしていく。

「だあぁぁぁ!!」

 掛け声と共にアダムとイヴの背中に着いた二つの翼を難なく切り落とし、

「はあぁ!!!」

 流れるような回し蹴りで後ろから蹴り飛ばす。


 そして離れたアダムとイヴは大きく体を縦にしてバタリと正面に倒れる。


「うわ出た、死んだふり」

 惰眠ちゃんは眉をひそめてとても憎たらしそうに言う。

「まぁでも、だいじょでしょ」

「これで負けるなら今までの苦労があまりにも報われねぇ」

 後ろから蘇生が終了しアクション大魔王とアダムとイヴの戦闘をすうぃーつとアビスの二人が観戦し始める。

 死んだふりの後に放たれるのは強力なブレスだ。

(そろそろだ)

「来る」


 アダムとイヴは急速に口元に赤い光を溜め込み、前足二本でバッと体を起こしてブレスを吐く今までで一番大きなブレスだ。

 その先にはアクション大魔王がいた。

 右手側に剣を真っ直ぐに立て、剣に青い光を纏わせる。そして体の後ろまで剣を持ってきたところで一気に剣を横へ振る。

「はあぁぁぁ!!」

 

 アダムとイヴのブレスは〈ゴッドハンドSM5〉を飲み込んだ。

 だが、青い光が赤いブレスの中を進みながら輝きを放つ。

 その光はついにアダムとイヴの正面までやって来たところで姿を現す。

 斬撃だ。

 青い光の斬撃がブレスの中を進んでいたのである。

天神抜刀流てんしんばっとうりゅう 奥義!!」

 アダムとイヴの後ろに彼の姿はあった。それも剣が一振で届く距離だ。 

 そこで大きく足を踏み込み、腰を膝くらいの高さまで落としている。

 今にも剣を振ることの出来る姿勢だ。

双刃剪断そうじんせんだん!」

 アダムとイヴの正面から飛ばされて来た斬撃と後ろからの踏み込み斬りで腹部から背中まで文字通り剪断せんだんされ切り飛ばされる。

成敗せぇばぁぁいッッ!!!!!」

 切った剣をブンと振り地面へ付着した血を落とす。


 ドゴンと言う音を鳴らし、アダムとイヴの上半身が地面へ落ちる。

 そしてアクション大魔王は体の正面で大きくガッツポーズを取った。


「うおおおぉおおおお!!」 

 一番大きな声を上げたのはアビスであった。飛び跳ねてガッツポーズを取る。

「やっったぁぁぁぁ!!」 

「さいっこぉぉぉぉうぅ!!」

 皆感極まって喜んでいた。そしてクロヌシも「しゃあぁぁぁぁ!!」と今までに無いほど高ぶる気持ちを抑えられず、心の底から大きく叫ぶ。

(やったぁ! 遂に勝った…でも、この先は? そんなの存在するのか? 攻略を全力で楽しむために結成したパーティーだ。ゲームという限られた繋がりが切れた僕に何か残るものがあるのか? じゃあ皆とはこれが最後? すうぃーつとも、アビスとも、アクさんとも、そして惰眠ちゃんとも。ここが長かった旅の終着点、エピローグ…なんだろうな…)


 溢れ始める負の感情に引きずられそうになったとき、アクション大魔王から言葉が放たれる。

「待て! 何かおかしいぞ!!」


 切断された上半身が動き出したのだ。

 この〈レクイエム〉ではボスは殺されると同時に体を灰へと変えて消えていき、アイテムが自動で分配される。死亡モーションというものもある。しかし、それにしては時間が経ちすぎている。不自然、それは誰の目にも明らかであった。


「アクさん!!」

 声を上げたのは惰眠ちゃんであった。とても素早い判断であった。

合点承知がってんしょうちィ!!」 

 アクション大魔王は返事を返しながらアダムとイヴに斬りかかる。


「なにっ!??」

 妙な声を上げるアクション大魔王に誰もが違和感を覚える。

「アクさん?」 

 惰眠ちゃんの呟きにアクション大魔王が答える。

「コイツ当たり判定が無い!!」

 

______________________________



 当たり判定が存在しないものは非常に少なく限定されている。大抵は三種類に分かれる。

 一つ目は細かな背景オブジェクト。二つ目が動かない幻影。三つ目は魔法陣。そして例外が多少ある。そのうちボス戦で起こりうるものはたったの一つだけ。ボスのNPC化である。

 戦闘終了後にNPCへ変わるため、連続戦闘と間違えて殺してしまうという事態を避けるため、一時的に当たり判定が無くなるという仕様が存在する。


 NPCの可能性があるということで全員がアダムとイヴの上半身に近づこうとする。

「アクさんの魔力瓶のお陰でまだMPに余裕あるし念のため使っとくね。〈一度きりの加護〉ワンタイムプロテクション」 

 全員にかけるとなると相当なMP消費になる筈だがアクさんの魔力瓶の存在は大きく問題なく使用できる。

「アクさん、もしものときはよろしくね!」

 アクション大魔王は戦闘が継続したときのために〈ゴッドハンドSM5〉に搭乗したまま接近している。死んだふりという苦い思い出があるため警戒は抜かりない。


 ところが、全員が近づいてもアダムとイヴは動くことはなかった。だが、それは両手を上げて祈るように手を合わせ続けている。

「ホントに当たり判定ねぇし、中はいつもどおり真っ暗。ホントになんなんだコイツ?」

 アビスはアダムとイヴの体に拳を当てたり離したりを繰り返す。だが、通り抜けるだけで何一つ反応は無い。

「祈ってる…のか? 何に?」

(教会の信仰対象は黒と白のドラゴン。このドラゴンが信仰対象のドラゴンな筈…だよな? 竜に祈ることにより奇跡を使ってるって設定があったはずなんだけどな…。じゃあこのドラゴンは何に祈りを捧げて奇跡を使っていたのだろうか?)


「うーんらちが明かないね。クロヌシ、〈流星落下〉メテオフォールで一回吹き飛ばしてくれない? 少なくとも一帯の地面は無くなるから、これに何か変化があるかも」

 惰眠ちゃんの提案に皆もコクリ頷く。

「わかった。じゃあ巻き添えくらわないように皆で下がろうか」

 クロヌシ自身も惰眠ちゃんの意見に賛同する。正直言って自分の手でこの旅を終わらせたく無い。だが、ここで皆の期待を裏切ることはもっとしたくなかった。


 そして、皆で距離を取ろうとした瞬間にそれは起こった。

 ドラゴンの合わせた手から光が放たれたのだ。


 最初にそれが何かに気づいたのはアビスだった対人最上位勢の感と言っても良い。アビスは光の後に起こるであろうことを危惧して最もHPが少ないすうぃーつをかばうように動く。

 そして次に気づいたのは後衛職二人だ。

「な!?」

〈相対的転移〉レラティブテレポーテーション!? まずい! 距離が近すぎる!)

〈後退衝撃〉ノックバックインパクト!」

 惰眠ちゃんは一瞬の無駄もなく奇跡を発動させる。

 この奇跡により、惰眠ちゃんを中心としてアクション大魔王を除く全員が高速で後ろへ飛ばされ始める。しかし、ドラゴンを中心とした光がすぐにその空間を包み込んだ。白くて温かい光が。


「いかないで…」


 白く何も見えない空間でクロヌシは声を聞く。何かの声だ。名状し難く、形容しずらい、泣いているようでも、怒っているようでもあった。誰が発した発した物なのか、男性なのか女性なのか、聞き覚えがあるのか無いのかも判断できない。けれども辛うじて聞き取ることができる、そんな声だった。



______________________________




 クロヌシは気がつくとその場所に立っていた。何処かで見たことがあるかも知れない街並み、既視感を覚える風景。そこにはブロックのようなもので整備された大通りがあり、その脇には店が並び客が商品を買っている。別の場所と勘違いしてしまいそうになる程にありきたりな光景だ。〈レクイエム〉にも頻繁に登場する。中世の都会といえば分かりやすいだろう。


 だが、そこには抜けていた。

 あるもの・・・・が、不足していた。

 それは決定的に、致命的に、そして絶望的なまでに欠けていた。

 

 そう、そこにあったのは人間ではなく『虫』であった。


「は…?」

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